サーチャージ
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「サーチャージ」
飛行機に乗るのには、旅費だけでなく、「燃油サーチャージ」とかゆうて、燃料代も負担するようになった(「サー」は「余分の」とゆう接頭語やろ)。
他人の車に乗せてもらって、経費を割り勘するようなもんやな。そうか他人の飛行機やからしゃあないか(せやけど、どこかおかしい)。
金ができると、飛行機がほしくなるもんらしいな。成功のシンボルや。ITや派遣の成金も持っていたけど、飛行機より先に自分が落ちた。
それはおいといて、「燃油サーチャージ」と聞いて、昔修学旅行に、米を持っていったことを思いだした。小学6年生で、お伊勢さんに行ったときも、中学3年生で、東京に行ったときも、旅館ので大きな袋に米を入れた。一人2、3合持っていたんとちがうか(余ったのは旅館が取ったんやろな)。
これに味をしめて、電車やバスの料金も、燃料相場を反映するようになるかもしれん(「経営努力の限界を超えました」ゆうたらええのや)。
とにかくせちがらい世の中になるのはまちがいない。そうなると、弱いもん、力がないもんをいじめるようになる。
その例が、「後期高齢者医療制度」や。医療費よう使うもんは、「それなりに出しや」ゆう「医療費サーチャージ」や。しかも、主治医とゆう責任者には、としよりに意味のない救命処置をせんかったら、褒美をやろうとゆうらしい。
模範市民だけを首都に住まわせているとゆわれる、どっかの国の悪口はゆえんようになってきた。
企業は、損をどっかに転嫁でけんから、人件費が安いアジアや中南米に工場を移す。国内では、ボーナスがいらん派遣労働者を使う。あるいは、逆に幹部にしてしもうて、徹底的にこき使う。
若い世代に、絶望や不安が膨れあがって、デカダンになったり、自殺に走るのは、派遣労働をはじめとする、人をばかにする風潮のせいや。
せちがらくなると、せこくなる。テレビのコマーシャルも、サラ金がおさまったら、パチンコ屋が増えた(今まで規制していたのに、背に腹は代えられんのや)
番組の進行もせこい。ええとこで終るのはしゃあないとして、コマーシャルが終ると、前のとこを、2,30秒もう一度やる。そうなると、番組の内容が減るから、2、3コマーシャルを入れることができる(TBSのボクシング中継も、引っぱる、引っぱる)。
東京では、学校で塾をするらしい。「親が、塾へ行かす金を始末できる」やて。「貧すれば鈍す」とはこのことやろ。教師も、「学級経営」が楽になるゆうもんやろな。教育は、知識を教えるだけやないやろ。
政府が、ようやく小中学生にケータイは不要と言いだした。これは褒めてやる(何もんやてか)。
「貧すれば鈍す」とゆうたけど、「貧すれば、どうする?」のはずや。
ぼくも、そうやけど、貧している人は、特等席にいると思うたらええ。この世のほんまの姿が見えるからな。