素性(1)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「素性」(1)
この前、神戸の元町商店街を歩いていたら、通りで、「明治・大正・昭和の元町商店街」とゆう写真展をやっていた。ぼくは、そうゆう昔の写真が大好きや。
幕末前後から、「お雇い」とゆわれる外人が来だしたけど、外人が好きな富士山や箱根などの写真は、あんまりおもろうない(彩色して、母国に送ったんやろな)。
そうゆう写真の中の人間の姿を見るのが好きや。せやけど、その頃は、写真機の前で、10分以上じっとしとかんとあかんかったらしい。侍は、すわっとったらええけど、飛脚なんかは、ずっと足を上げとったんやろな。
その後、写真機は、改良されて、スナップ的な写真が取れるようになってきた。
せやから、人の写真がどんどん取られた。「写真を取られたら魂が抜ける」とか「三人の真ん中にいたら不幸になる」とかゆう以前やから、大人は、何事やゆう顔をしている。中には、歯抜けの笑顔をしているおっさんもいるし、おちゃらけの子供もいる。「いちびり」は、昔からおったんやな。今とちがうのは、「ピース」してへんだけや。
前にも書いたけど、一番よかったのは、朝日放送でやっていた「映像トラベル」ゆう番組や(今もやっているかもしれへんけど、夜中の2,3時に放送していた)。
戦前の8ミリフイルムを、一般から募集して放送するのやけど、一般ゆうても、庶民は無理やな。今話題の白州次郎のような貿易商の家や船場の商家しか、フイルムは買われへんかった。
そのフイルムには、田舎の子供にとっては、夢のような家庭風景や街中の様子が写っているけど、そこでも、子供の表情は今と変わらへん。
「修学旅行」とゆうフイルムは、どこかの学校の生徒が、伊勢神宮に行く様子やけど、そのはしゃぎようは、まるっきりぼくらといっしょやった(ぼくのときも、小学6年は、お伊勢さんやったし、前の晩寝られんかったんも、いっしょやろな)。
大正8年生まれとゆうとったから、父親といっしょや。みんな、どこのだれか知らんけど、どんな人生が待っていたんやろか、戦争に行ったはずやから、ちゃんと帰ってきたんやろかなどと考えていたら、なかなか寝られんかった。
せやけど、何でそんなんに見入ってしまうのかわからへん。諸般の事情で、人に近づくのがどうも苦手やのに。飼い犬でも、えさ食べているときに、頭をなでたりすると、ウッーとうなって、牙をむくやろ。あんなふうに思うてしまう。まあ、恐いもん見たさやな。
後ろめたいことばっかりしてきたから、そうなったんやろとゆわわれるけど、そうや。
ところで、元町は、ブラジルへ移民する人にとっては、忘れられんところや。山側のところに斡旋所(昔は「収容所」とゆうとった)があった(今も残っている)。そこから、海に向った(元町駅に、ブラジルの家をまねた交番がある)。
そして、元町の写真を見ていたら、ハイカラな人や外人が大勢写っていたから、さすが神戸と、その表情を見ていたんやけど、ある建物の説明に釘づけになった。