失踪(3)

   

「今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(170)
「失踪」(3)
男が顔だけを出した。店の者がみんな見るので、思わず「ごめん。遅れてしまった」と言った。
「山田もそのときいたんだ」藤本が唐突に言った。
「えっ!」山田は状況が分らず途方に暮れたようだった。
「まあ、落ち着け」
「おまえこそ何だよ、突然に」山田は少し怒ったように言った。
「みんな、落ち着いて」ママはそう言いながら山田を藤本の横にすわらせた。
そして、「じゃ、藤本さん。説明して」と促した。
藤本は、眼の前の少年について話をした。「そうだったのか。それは気の毒だ」
山田はようやく状況を把握した。
「おまえもいたよな」藤本が言った。
「そうだったか?」
「筒井を入れて3人で飲んでいた」
山田は首をかしげてしばらく考えていた。それから、「3人でよく飲んでいたからなあ」と言った。
「わかったぞ。あのときはおまえの昇進転勤祝いをしていたんだ」藤本は新しいことを思いだした。
「そうすると、今から4年前の11月だな」
「高橋君、それであっていますか」藤本は確認した。
「そうです。11月8日です」少年はすぐに答えた。
「よし。がんばって思いだそう」山田は乗り気になった。
藤本は、そのときの様子を事細かに説明した。また、「おまえの奥さんは妊娠中で向こうに行くのを嫌がっているとか言っていたな」ということも思いだして、山田に言った。
山田は一人で何回もうなずいて記憶を辿っていった。
それから、突然「ハイタッチをしているのを思いだしたと少年に向かって言った。
「そうだろう!ぼくはカウンターの奥にいたから、出入り口の方がよく見える。
そのときも、その様子を見ていたというより、見えていたんだ」藤本も納得したように言った。
「でも、ぼくはちらっと見ただけで、何を言っているのは聞いていないな」
「問題はハイタッチした女性だ」
「うーん。眼鏡をかけていたかな」
「そうだ。かけていた。ママの話では、4,5人で何回か来たことがあると言うんだ」
「それじゃ、分らないのかい?」
仕事が忙しくなったママは店の中を動いていたが、それを聞いて、「そういうグループが何組もいるのよ。それに別の人が予約したら名前は分からないよ。
それに、その時は主人もわたしも忙しくてそれを見ていないのよ」と言いわけした。
「それはそうでしょうね。それなら、ぼくらの責任は重大だな」山田が応じた。
そして、「待てよ。ちらっとしか見ていないがどこかで見たような顔だなと思ったかもしれない」
「ほんとか!」藤本が叫んだ。
「ちょっと待ってくれ」山田は藤本を手で制して、眼をぐっとつぶった。
「教員研修で何度か見たことがある。名前もわからないし、話をしたこともはないが」
藤本は何も言わずうなずいて山田の顔を見ていた。
「多分。いや、まちがいない」
予約していた客が入り、店は忙しくなってきたが、3人はそのテーブルにすわったままだった。
少年は店や藤本、山田に迷惑をかけているのではないかと気が気ではなくなった。
藤本も、それを察してか、「やっ、7時過ぎだ。高橋君、遅くなったな。今聞いているとおりハイタッチした相手のことが少しわかってきた。
ぼくらはみんな教師をしているのだが、教員研修の記録は残っていると思う。
分ったら連絡をするから、どこに連絡をしたらいいか教えてくれないか」と声をかけた。
「ありがとうございます。携帯電話の番号を言っておきますから、よろしくお願いします」と挨拶をして店を出た。
2日後の午後、藤本から少年に連絡があった。「高橋君、相手の名前が分ったよ」という知らせだった。女性は野間という名前で少年の町から電車で1時間かかる町に住んでいた。
「どうしたらいいですか?」少年は聞いた。
「そうだな。まず警察に相談したらどうだろう?」と藤本は答えた。
「そうですね。警察から何か言われたらまたよろしくお願いします」
「もちろんいいよ。ぼくらも仲間を通して調べてみるから何か分かったらすぐに連絡するから」少年は涙をこらえて礼を言った。
母親にこのことを言おうとしたが、今までも苦しい思いをしてきているので、もう少し具体的なことが分ってからにしようと決めた。
翌日、母親には放課後図書館に行くと言って一人で警察に向かった。

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