世話好きな老人

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(205)
「世話好きな老人」
タカシは仕事のためにある地方の町に行ったことがある。車で駅前の小さな商店街に入り、交差点の左に立っている老人を見たこと見たとき、あっと叫んだ。
どうして父親がこんなところにいるだと思うと、涙がぼたぼたと落ちてきた。
顔だけでなく、小太りの体をコートに包んでいる様子は父にまちがいない。
まさか!と思ったが、どれくらい似ているか見てみたいという思いに逆らえなかったので、車を止めようとしたが、駅前の商店街なのに道はあまりにも狭い。
この町には何回か来ているので、少し行ってから左に曲がると住宅地になっている。そこのほうが置きやすいことを思いだしたのでそこまで行くことにした。ようやく止めることができたので、老人がいた場所に急いだ。
しかし、どこにもいなかった。駅に行ったのだろうかと駅の中も見たけど、それらしき老人はいなかった。
あきらめて車に戻ったが、我ながらおかしくなった。なぜなら、父親は半年前になくなっていたからだ。「しかし、そっくりだったな。でも、どうして泣くんだ」と自分に言った。
若いころからあまり話をしなかったし、この5年間は入院していたので、見舞いに行くぐらいだった。死んだときも悲しいという気持ちは湧かなかった。
しかし、父親らしき老人に遭遇することが3回起きた。別の町や自分が住んでいる町の繁華街、それから、自分の家の近くで見たのだ。2回は歩いているときだったので、急いで近づいたがいつも姿を見失った。
このことは妻には一切言わなかった。「ほんとはお父さんが好きだったのだわ」などと冷やかされるのが嫌だったからだ。
あるとき。会社を出て駅に向かっているとき、「タカシ君、元気かい?」という声が聞こえた。振り向くと小柄な老人が立っていた。見たことはなかった。
「はい。元気です。失礼ですけど、どちら様でしょうか?」と思い切って聞いた。
「お父さんの友だちだよ」
「それは失礼しました。その節はありがとうございました。家族はようやく落ちついてきたところです」
「落ちついたって?」
「いや。父親の葬式が終わって、ようやく心身の疲れが取れてきたということです」
「お父さんが亡くなったって!」
「ご存じなかったのですか。ご連絡していなかったのですね。重ね重ね失礼しました。実は・・・」
「何言っているんだ!きみのお父さんは生きているよ。ちょっと待ってくれよ」老人は方からかけていた茶色のカバンから携帯電話を取り出して、タカシに見せた。
あっと叫んだ。父親が写っている。家族で旅行するときでも背広を着るような男だったのに、派手なジャケットを着ている。それが父親とちがうような気がしたが、眼尻を下げて笑う笑顔は父親だ。
それを察してか、老人は、「これは平野啓次郎君だ。きみのお父さんだよ」と確信を込めて言った。
「でも、父親はまちがいなく死亡しました。みんなで見送ったんです」
老人はそれには答えず、「これは昨日の来た写真だ。日付を見たまえ」
確かに昨日の日付だ。「別の写真もあるよ」確かに何十枚もの写真には父親が映っている。タカシは、「父は今どこにいるんですか?」と聞いた。
「ノルウェーだよ。ノルウェーのオスロだ。しばらくしたら北極圏に行くと言っていた。長年の夢だったからね」
「確かに母親が死んでから、旅行が趣味でした。もっと旅行に行きたかっただろうと思います。こちらから連絡はできないんですか?」
「ぼくも何回も試みたけど、できないんだ。090-××××-××××にかけているんだけど。向こうから来るのを待つだけなんだ。今度かかってきたとき、きみに連絡するように言っておくよ」老人はそう言うと、さっさと歩きだした。
タカシは、「ちょっと待ってください。お名前を」と叫んだが、近くのデパートに入ると姿が消えた。
家に帰ると、妻に父親の写真を出すように言ったが、理由は言わなかった。
ようやく何かの集合写真にその老人が写っていたが名前は分からなかった。
そこで、近所にいる父親の友人に見せた。「これは俳句仲間の会だね。城崎温泉と書いてある。これはきみのお父さんで、これはおれだ」
「この人は誰ですか?」と聞いた。「これは山中君だな。かなり前に死んでいる。もう5年前になるかな」
「亡くなっている!」
「どうしたんだ!」
「いや。写真の整理をしていまして」
「お父さんはいつもきみのことを自慢していたよ。お互い頑固だからあまり話をしないんだと言っていたな。それが心残りだったかももしれないな。お母さんが亡くなってたから、きみが頼りだったはずだ。山中は世話好きだったら、今頃はお父さんの世話をしているだろうな」

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