ピノールの一生(22)

      2017/06/22

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(132)
「ピノールの一生」(22)
ピノールは、「ありがとう」と言ってから、ボートの船首のほうに行きました。それから、「おーい」とシャチの少年を呼びました。
少年が来ると、「早く戻って自分の考えをはっきり伝えたほうがいい。このままでは兄弟たちの不満は高まるばかりだよ」と言いました。
「そうですね」とシャチはこたえましたが、どこか不安そうでした。
いつのまにか来ていた相棒も、「男なら堂々と自分の意見を言うんだ。ぼくらも行くから」と声をかけました。
ピノールはクジラの親子に、「そういうことですが、かまいませんか」と聞きました。
「ああ、いいよ。ぼくらの場合も、こういうことはときどきあるので、他人事には思えない。子供はこうして成長するんだ」
ピノールと相棒、そして、二人を乗せたボートを押すクジラの親子は、シャチの少年の後をついていきました、
3時間ほどしたとき、「どこへ行っていたんだ」という声が聞こえました。嵐は収まったのですが、まだ稲光がしています。その光の中に黒い影が浮かんでいます。
「ああ、ちょっと」と少年は答えました。そして、「こちらにいるのが友だちだ」とピノールたちを紹介しましたが、挨拶もせずに、「兄貴、やつらのいるところが見つかったぞ」と言いました。兄弟のようです。
「今がチャンスだ。叔父さんたちも一緒に来てくれるから、お兄ちゃんも今から敵討ちにいこう」別の兄弟が言いました。
シャチの少年はピノールのほうを見ました。しかし、表情は見えませんでしたが、ピノールはうなずきました。
少年は、「敵討ちはしない。お前たちに何かあっては困る。これからのほうが大事だ。パパもそう思っているはずだ」とゆっくり言いました。その声には誰も反対できないような力強さがこもっていました。
しばらく沈黙がありましたが、「わかった。ぼくらと叔父さんたちでやる」そういうと2頭のシャチは戻りました。
シャチの少年は兄弟の姿をしばらく見ていましたが、振り返って、「みなさん、ありがとうございました。ぼくはママのところに戻ります。みなさんも気をつけて」と挨拶をしました。
「それじゃ、がんばるんだよ」
「さようなら」
「さようなら」
「さあ、ぼくらも急ごうか。よろしくお願いします」ピノールはクジラの親子に頼みました。
「あなたたちはいいことをしましたね。これであの少年は立派な大人になるでしょう」クジラの親子は二人を乗せたボートを北の方向に押しました。
もう稲光はしません。真っ暗ですが、海は穏やかです。後は陸をめざすだけだと思っていると、遠くのほうで何か音がしているような気がします。
進むにつれて、それはだんだん大きくなってきて、何かがぶつかったり、波が起きたりしている音のようです。
「まさか!」ピノールが言いました。「敵討ちの最中か」相棒も不安そうに言いました。
「わしが見てきましょう。息子がいますから心配ありません」クジラの父親はゆっくりそちらに向かいました。叫び声も聞こえてきましたが、何を言っているのかはわかりません。
クジラの父親はなかなか戻ってきませんでしたが、1時間ほどするとようやく帰ってきました。
「やはりさきほどのシャチの兄弟でした」クジラの父親が興奮して言いました。
「どうなったのですか?」
「相手とぶつかりあっていたのですが、相手が海に潜ったときに追いかけて、岩の隙間に入り込んでしまって身動きが取れなくなったようです。
岩を砕かなければ助けだせないことがわかって、わしも、兄弟や叔父、それから、なんと相手のシャチまでも協力して、ようやく岩から助けだすことができました」
「そのシャチは?」
「かなり弱っていましたが、命には別条ないようです。兄弟や叔父たちが連れてかえりました」
「これで、兄弟たちも敵討ちなどは考えないでしょう」
「どうして?」相棒が聞きました。
「誰にでも不幸なことは起きるものだ。早くそれから逃れたくて、何かしようとしても考えつかない。それで、敵討ちを考えたのだろう。
もし相手を父親と同じように殺しても、自分たちに意味があるかどうか長男はそう思ったのだ。ゼペールじいさんが教えてくれたとおりだ」
「そうですな。おまえもよく覚えておくのだぞ」クジラの父親は息子に言いました。
「ぼくにはピノールがついているから大丈夫」
「ピノールは忙しいんだよ」
「ぼくも一緒についていく」
「それがいい」
「アハハ」
「アハハ。さあ。出発だ」

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