猫の依頼

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(46)
「ネコの依頼」
タカシは26才です。世間が一流と言う大学をストレートに合格をし、就職難の時代にも、なんなく希望の商社に入り、前途洋々の人生をはじめました。
しかし、入社半年ごろから会社に行きたくなったのです。出社しても、上司の話を上の空で聞くものですから、会社から病院に行くように命じられました。
診断は、「うつ病」でした。会社は、「出社に及ばす。自宅で治療せよ」という指示が出ました。
それ以来、自分の部屋に閉じこもったままです。どうしてこうなったか本人もわかりません。
また、自分の子供はエリートコースに乗ったと喜んでいた両親は、最初ひどくショックを受け、父親は叱り、母親は泣きましたが、最近は何も言わなくなりました。
食事は、両親、妹が寝静まったころ、台所に行き、母親が用意してくれている食事を、2階の部屋まで運び、ゲームをしながら食べます。
1年を過ぎたころ、「こんなこといつまでするのか。しかし、何をしたらいいのだろう」と自分に聞くことがありましたが、解答が出ぬまま、もう3年が立ちました。
そして、4年目の3月です。凍えるような冬がようやく終わり、春の風が雨戸をガタン、ガタンと鳴らすようになりました。
ある夜、ガタン、ガタンという音に混じって、トントンという音がしました。誰かが叩くような音がしました。
昼夜反対の生活を送っていたので、「誰だ、こんな夜中に」などとは思いませんでしたが、気になって、そっと雨戸を開けましたが、街灯がさびしそうに道を照らしているだけです。
「誰もいない。当たり前だ、ここは二階だぞ」と思いながら、雨戸を閉めようとすると、「こんばんは」という声が聞えました。
思わず声の方を見ると、暗闇の中に二つの光るものがありました。どうやらネコのようです。真っ黒なので、暗闇に溶けこんでいました。
思わず「今、おまえがしゃべったのか?」と聞くと、「そうです。毎晩起きておられるのがわかっていましたので、こんな時間ですがお伺いしました」という返事です。若いオスのようです。
「こんな生活を続けていたので、全身がサンバーに侵されたのか」と疑いながら、「ぼくに何か用か?」と聞きました。
「はい、空き家を利用して、ネコのアパートを作っています。昼は気づかれるので、夜働いているのですが、ネコでは無理な仕事があるので、ひまそうな、失礼しました、時間がありそうな人に手伝ってもらえないかと思って。1時間ぐらい時間が取れませんか?」
ネコが人間の言葉を話すとは、しかも、アパートを作っているから手伝え、か、
ゲームの導入部としてはおもしろいな。オリジナルには欠けるが。それに、ぼくがひまなのは知っているので断れない。
「よし、どうすればいいのか教えてくれ」
「わたしについてきてくれませんか。ほんの1時間ですみますから」
タカシは、服を着替え、玄関をそっと出ました。ネコは、家の前で待っていました。
10分ほどついていくと、ある家に着きました。大きな塀に囲まれた家です。「
そういえば、ここは子供のときから空き家だった。まだそのままか」と思っていると、門扉が開きました。
そのネコは「さあ、お入りください」と促しました。それから、「ご苦労さん」と声をかけました。ニャー、ニャーという声がしました。どうやら、門番が数匹いるようです。
草や木が生え放題の庭を進んでいくと、家がありました。また、玄関がすーっと開きました。
外からは真っ暗だったのに、中に入ると煌々と電気がついています。
そして、なにやら声がします。そのまま土足のまま進むと、何と人間がいます。しかも、5、6人います。
チラッとみたところ、中学生やら高校生ぐらいから、3,40代ぐらいのものもいます。
みんな一生懸命働いています。そして、指示を出しているのは、茶色の大きなネコです。
「ここに、その板で区切ってください」と、丁寧に言っています。人間が、「ここは、こうしたほうがいいですよ」と答えています。なんだか楽しそうです。
「最近は、プライバシーに配慮しなければ、若い客に敬遠されるのですよ」最初のネコが言いました。
仕事が一段落したとき、そのネコは、タカシをみんなに紹介しました。
人間たちは、「よろしく」と返事をしましたが、それ以上は何も言いませんでした。どうやら、みんなも社会から距離を置いているようでした。
そして、タカシは、すぐに指示通りに仕事をしました。汗をかいたのは久しぶりでしたが、気分がすっきりしました。
ネコは夜中に誘いにきませんでしたが、翌日も、その翌日も、その家に行き、仕事をしました。そして、10日でアパートは完成しました。
タカシは、なんだか寂しくなりました。少し話をするようになった仲間も同じようでした。
20匹近いネコが整列をして、人間に感謝の言葉を述べました。
「また呼びに来てくれ。何でもするから」タカシは言いました。
「その時はよろしくお願いします。でも、あなた方は、これから忙しくなります。どうぞお元気で」と答えました。
タカシは、それはどういうことか考えながら帰りました。他のものもそうだったことでしょう。

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