縄張り(2)

   

今日も、ムーズがやってきた~きみと漫才を~

縄張り(2)
高校で、宮地伝三郎の「アユの話」を読んだ。
アユは、他の魚以上に、縄張り意識(もちろん本能やけど)が強いことを、科学的に証明していたと思う。
その習性を利用して、おとりのアユを泳がせて、「わしの縄張りに入ってくるな」と近づいてきたときに、おとりのアユの近くにつけていた針で引っかける「友釣り」ができたんやな。「所詮、魚は、魚や」と思ったもんや。
最近、テレビでは、「動物もん」が人気やろ。それを見たら、魚だけでなく、サルでも、ライオンでも、この世の動物(ひょっとして、植物もか)は、食べるもんを確保するためと、子孫を残すために、縄張りを守ることが、DNAに組み込まれているようや。
人間で、縄張りゆうたら、やくざの抗争が浮かぶ。「わしらのシマにはいってきたな!」ゆうことや。
せやけど、人間の本性は、ローマ帝国、モンゴル帝国などを見ても、縄張りを広げることとちがうか。
日本の歴史も、源平合戦や戦国時代ゆうても、結局は、縄張り争いやな。「中央集権」ゆう建前も、本音は、縄張りを広げることや。ぼくらの親が行かされた戦争も、縄張りを死守するためや。
今、世界を見渡しても、そんなに広いとこいらんやろと思うけど、あっちこっちで、やっている。イスラエル、パレスチナ、インド、パキスタン、中国、ロシア、そうそう、日本もや。
そんなもんは、世間にも、なんぼでもある。「うちの竹やぶ(縄張り)の竹の子が、隣の庭へ出た。これは、返してもらえるか」ゆうのは、「お笑い笑百科」に、よう出てくる。
昔、「ボディランゲージ」の本を読んだら、こんなことが書いてあった。喫茶店で、誰かとコーヒーを飲むとき、コーヒーカップを、少しずつ、相手のほうにずらしていくと、相手は、だんだん、落ち着かなくなるというのや。これは、人間も、動物と一緒で、縄張り意識が、DNAに入っているとゆうことや。もっとも、若い女の子が、横に座れば、縄張りなんかどうでもええけど。
そして、人間の場合は、土地だけでなく、人間関係のあらゆるもんが、縄張りの対象になる。要するに、どこか(よその縄張り)へ引越しして、そこの奥さん連中のボスの受けが悪いと(もの持っていかへんかったりして)、陰口、シカト、嫌がらせなどの攻撃を受けるようなもんやな。
人間は、動物以外の何もんでもあらへん。だから、縄張り意識があるのは当然や。
しかし、それを抑えよう、抑えようとしてしてきたのが、人間の進化か。
まぁ、アユより、フナを目指してきたとゆうことか。

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