むらむら

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「むらむら」
北京オリンピックが終っても、星野仙一は、しばらく日本に帰りたくなかったやろ。
「日の丸を背負ってと。何としても『金』を取ってくると」と見栄を切ったからな。
もう一人、北京で心の準備をしていたもんがいる。ゆわずと知れたフジテレビのあのイケメンアナウンサーや。
「会社の顔としてがんばったから、汚名返上できたやろ。会社も守ってくれたことやし。
嫁はんには、無理してブルガリの時計を買うたもん」てなもんか(ところが、テレビ局も、スポンサーや視聴者の声を気にするので、結局女の人が見る番組を全部降ろされてしまったようや)。
どちらも、自分の言葉で、恥をさらした格好やけど、今回のことは、何か反省したやろか。
星野は、「あの時は、ああゆわんとしゃあなかった。せやのに、選手の野郎が、あそこが痛い、ここが痒いなどとゆいくさったもんやから、勝てっこないわ」と他人に責任をなすりつけることができる。
せやけど、イケメンアナウンサーは、かわいそうに傷は深い。フジレテビの顔になるところやったのに、みんなご破算や。
今後、むらむらしても、ああゆう文章は絶対メールで送らんこっちゃ(脅迫でも、裁判でも使われるで)。
ところで、2人の話は失言なんやろか。
「失言大将」が総理大臣になったゆうことで、失言とはなんやろと考えていたところや。そうしたら、「大将」より先に、部下の大臣が、「失言で辞任」と来た(あの大臣の嫁はんの声は、芦屋小雁ちゃんが、手をくねくねしながら、「あのね、ぼくね」ゆうときの声に似ているけど、埒被被害家族には信頼されている。今度の辞任でも、「女房にゆっくり相談して」とかゆうていたから、甘えた声の奥には、しっかりしたもんを持っているのやろ)。
せやけど、あの逆切れはなんやろ。政治家とは、相手を怒らせて、窮地に追いこむもんやのに、自分でちょちょもうてる。
そんなことはどうでもええけど、大臣になると、すぐにああゆうことをゆうのがいるけど、大臣になったことがよっぽどうれしくて、タガが緩むらしいで(舛添が、「後期高齢者医療制度を廃止する」ゆうて、次の日に撤回したのも、そうゆうことがあったんやろか)。
元祖「失言大将」の失言を見ていると(たとえば、講演会で、「下下(しもじも)のみなさ~ん」と呼びかけたり、同じ自民党の野中弘務の生まれのことをゆうたりなどはよう知られている)、失言とは、「心にないこと」ではなくて、「心にあること」を、サービス精神からか(本人は、そう思うているはずや)、相手を怒らすためにゆうたことが、たまたま第三者(「世間」ゆうのが一番人数が多い)がいたから、「失言」となるのや。
また、ゆわんでもええことをゆう「いらんことゆい」がいる。ぼくも、若い頃は、そうゆう「け」があったけど、だんだん治ってきた。
「失言大将」の口が曲がっているのは、子供のとき、いらんことをゆうては、「まあ、この子は!またそんなことを言って」と、母親に口をひねられたからか。
お互い、むらむらしても、「唇寒し 秋の風」とならんようにしまひょ。
やっぱり、唇には燗酒が合っているようや。
「失言大将」の総理大臣就任記念ムーズでした。

 -