正男の夢

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとはヘンな童話100選」の(8)                       「正男の夢」
正男を6才です。今年小学1年生になりました。毎日学校へ行くのが楽しくて仕方ありません。あまりに楽しいので、日曜日にも学校へ行く準備をすることもあります。
なぜそんなに学校が好きなんでしょうか。多分、小さいときから1人で家の留守番をしていたので、淋しい思いをしてきたからでしょう。
だから、学校では、勉強より、みんなと話をすることが楽しいのです。
といって、1人で暮らしているわけじゃありません。ママとお姉ちゃんの3人で住んでいます。それじゃ、お姉ちゃんと遊べばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、お姉ちゃんは中学3年生で、クラブ活動のために朝早く学校へ行くし、帰ってきても、すぐ塾に行ってしまうのです。
ママも、お仕事で朝早いし、帰りも遅く、正男が寝ているときもあります。
なぜパパがいないのか聞いたことがありません。ママが、パパについて言わないということは、何か事情があるはずなので、聞かないようにしていました。正男にはそんな分別がありました。
友だちから、パパと野球やサッカーをしたと聞いても、うらやましく思っても、態度に出さない我慢強さももっていました。
だから、夏休みになって、1ヶ月以上も学校へ行くことができないと聞いたときは、涙が止まりませんでした。毎日、1人で留守番をしていたときの寂しさが浮かんでくるのでした。
ようやく夏休みも終わり、また学校がはじまりました。正男も、また毎日が楽しくなりました。
その頃から、同じ夢を見るようになりました。小学3年生ぐらいの女の子があらわれて、「今日は楽しかった?」と聞くのです。
正男は学校であったことをいっぱい話しました。翌日も、また、その翌日もあらわれるのです。
あるとき、「どうして毎日ぼくの夢に出てくるの」と思いきって聞きました。
すると、女の子は、「わたしも、あなたと同じ学校に行くことになっていたの」と淋しそうに言いました。
「ほんと?」
「ほんとよ。わたしも、ここで生まれることになっていたの」
「じゃあ、ぼくらがここに引っ越ししてくる前なんだ」
「ちがうわ。あなたのママはわたしのママでもあるの」
「そしたら、ぼくらは兄弟?」
「そうよ」
「でも、どうして生まれてこなかったの?」
「そんなこと知らないわ。ママに聞いてちょうだい」女の子は怒ったように言うと、すっと消えました。
もちろん、そんなことはママには聞きませんでした。
しかし、その女の子は、その後も出てきました。
女の子は、「遊ぼ」と声をかけてきましたが、正男は知らんぷりをしていました。
それでも、しつこく誘うので、「ぼくらが兄弟なんてウソだろ!」正男は大きな声を上げました。
「ウソじゃないわ。おばあちゃんがそう言っているもの。わたしが生まれていたら、あなたは生まれてこなかったのよ。この部屋だって、私のために作ってくれたのよ!」女の子も負けていません。
おばあちゃん!正男は、いつもおばあちゃんが大好きだったのですが、3年前に死んでしまったのです。
「今、おばあちゃんと暮らしているのよ」
「そ、それなら、パパは?」
「パパなんかいない。まだどこかで生きているのでしょ」
正男は何が何やらわからなくなりました。そして、女の子の顔をじっと見ていると、お姉ちゃんとそっくりのように思えてきました。
やがて、正男は寝坊するようになりました。そして、元気がなくなり、学校を休むことが増えました。
「一体どうしたの?学校でいじめられているの」とママが聞きました。
「なんでもないよ」と答えましたが、「正直に言いなさい」とママは強く言いました。
正男は夢のことを言いました。聞きおえると、ママの目からは大きな涙がこぼれてきました。そして、正男を強く抱きしめました。
その晩も、その女の子があらわれました。そして、悲しそうな顔で言いました。
「もうあなたの夢には来ないわ」
「どうして?」
「ママは、おまえを生まなかったことを後悔している。だから、いつまでも自分のことで、ママと弟を困らせるんじゃないって、おばあちゃんに叱られたの。
おまえのかわりに、弟が産まれたのだから、その弟が幸福な人生を送れるように見守るのが姉の務めじゃないかとも言っていた」
そして、「ごめんね」と泣きじゃくりました。
正男は、「ぼくのもう1人のお姉ちゃんだから、また遊びにきて」と慰めました。「春子と呼んでいい。名前なんかないと言っていたから」
女の子はにっこりうなずくとさっと消えました。その後、その女の子はあらわれませんでした。
正男は、また学校へ行くようになりました。そして、どんなことがあっても、二人で乗り越えようと思いました。

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