代わり
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「代わり」
♪ドルがなくても~、ウォンがなくても~♪ともゆうコマーシャルがあるやろ。
福沢諭吉、野口英世、夏目漱石がピョンピョン跳ねているやつや。ビザカードがあればどこへでもいけるとゆうことや(アメリカンエキスプレスも、昔、「出かけるときは忘れずに~」とか「忘れたときは出かけずに~」とかゆうていた。後のは、ぼくが今作ったけど)。
カード屋は、世界中の店から手数料を取っているけど、「貯金がなくても~」とは誰もゆうてくれへんな(サラ金のコマーシャルもなくなった。あるのは、「わしが取りかえしたる」ゆう弁護士のコマーシャルばっかりや)。
まあ、世の中には代わりはなんぼでもあるちゅうこっちゃ。
代わりゆうたら、落選した代議士はたいへんそうやな。衆議院会館には、引越しのトラックが押しよせているそうや(秘書も失業やて)。
下っ端の議員を陣笠とゆうけど、党にとっては、大事なのは陣笠の数だけで、顔なんかどうでもええ。
自民党は、今後の社会をどうするか(消費税を上げてもええけど)すぐに国民の意見を聞かずに、じらすばっかりやからこうなったんや(ぼくらも、「どうしようかなあ」、「どうしようかなあ」ゆうて、相手を怒らしたことがあるやろ)。
政治は、まさに勝った、負けたの世界やけど、最近、格差社会とゆうことで、勝ち組、負け組とゆう言葉をよう聞く(酒井法子は負け組で、工藤静香や森高千里は勝ち組とかゆわれている)。
それは、人間だけでなく、どんな動物にでもあるけど、この際、麻生首相への感謝の気持ちとして、「漢字の世界」を見てみようか。
最後は長崎で、「傷跡」を「しょうせき」と読んだけど、本人は、「なんだよ~。漢字を読みまちがえたぐらいでがたがた言いやがって。それが人間の値打ちを決めるのかよ。
よし、これからは、漢字は全部音読みにしてやろう。それのほうが賢そうじゃねーか」と考えたはずや(「傷跡」は訓読みやった。残念)。
あっ、何か聞こえてきたで。
「ほんと漢字の読みまちがいぐらいで、あんなに言われてかわいそう」
「字が苦手な人は特別の才能をもっているって、NHKでもやっていたわ」
「坊主憎けりゃ・・・なのよ」
「人間が、私たち漢字を丁寧に扱ってくれるのはうれしいけど、麻生首相は、私たちにも、自由な生き方があるってことを教えてくれた功績は認めなくてはね」
「その最たるものが、『目線』ね。まさかあそこまでなるとは」
「元々芸能界の出でしょ。『カメラ目線』とか。それが一流の仲間入りをしたかと思うと、いつのまにか一番スポットライトを集める言葉になったわ」
「『視線』は負け組になっちゃった」
「まるでオバマ大統領か石川遼ね」
「『分別』はもっと複雑ね。『ぶんべつ』なんて読むと馬鹿にされたのに、いまや、どこへ行っても、『ぶんべつ』、『ぶんべつ』でしょ」
「継母の子供に本家を取られたようね」
「『歌は世につれ・・・』って言うじゃない」
「わたしは、『分別』の汚れのない姿が大好きだったの」
「温暖化の間は我慢、我慢」
「お世話になった『漢検親子』も勝ち組から一気に負け組になってしまったわ」
「世間から負け組と言われても、どう生きるかが大事なの。落選した代議士のことは知らないけど」