ふしぎな老人
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(55)
「ふしぎな老人」
「将太くん、ちょっといいかな」将太はびくっとしましたが、声のほうに振りむきました。
すぐ後ろに、白いひげを生やしたおじいさんが笑顔で立っていました。
このあたりで見かけたことがありません。道でも聞きたのだろうと思って、はいと返事をしました。でも、ぼくの名前を知っている・・・。
将太は、おじいさんをもう一度見ました。背は高くありませんが、がっちりした体をしています。しかし、黒い杖で体を支えているようです。
「きみの話が聞こえてきたので、悪いと思ったが、ずっと聞いてしまった。明日の決闘は止めたほうがいいね」
確かに、さっきまで義男と学校のことなどをしゃべりながら歩いていました。学校が終われば、いつもそうして家に帰りました。
ただ、今日は、少し興奮していたので、少し声が大きくなったかもしれません。
しかし、横は国道ですので、車は切れることなく走っていますし、商店街からは大きな音で音楽が聞こえています。
もちろん、通行人も大勢いますが、こんなおじいさんがすぐ近くいたようには思えません。
「鉄男はクラスの餓鬼大将だが、案外気が弱いんだよ。何でも言うことを聞くと思っていたきみが、まさか、『明日、学校が終われば、池尻川の河原で一対一で決闘しよう。絶対誰も呼ぶなよ』などと言うとは思わなかった。今頃はひどく悩んでいるかもしれない。
武夫や信二などの家来を連れていきたいが、それでは、みんなに知られたら笑われるとね。
まあ、きみをいじめようとはしないから、今晩電話をして、決闘はしばらく延期しようと言うのだ。これでクラスはうまくいく」
「そんなことをしたら、やっぱり弱虫だと思って、またいじめてくるよ」
「いや、そんなことはない。きみの勇気に驚いたはずだ。もう大丈夫だよ」おじいさんは、そう言うと、杖をカッカッとつきながら、人ごみに消えました。
将太は、おじいさんを探しましたが、どこにも姿はありません。
家に帰って、宿題をしてから、夕食を食べ、お風呂に入り、少しゲームをしましたが、ずっとおじいさんの顔が消えませんでした。
もう9時です。思いきって鉄男の家に電話しました。鉄男の母親が出ましたが、すぐに鉄男に代わりました。
「ぼくも、きみに電話しようと思っていたんだ。明日の決闘をしばらく延期しないか。
お互い話しあえば、わかることもあるはずだから。来年は5年生になるから、ちょっと勉強をしなければならないんだ。親が私立に行かせたがっているので」
体が人一倍大きく、小さい者にどんと体当たりしていたくせに、「何の用だ?」と言うこともせず、なんだかあわてているようです。
将太は、「ぼくも異存がないよ」と言って電話を切りました。
翌日の放課後、いつものように義男と学校を出ました。そして昨日のことを話しました。
「そんなおじいさん見なかったなあ」義男も覚えがないようです。
「そうだろう。しかも、そんなに大きな声で話してないもの」
「それなら、そのおじいさんを探そう」義男が提案しました。それから、毎日、おじいさんを探しながら帰りました。しかし、全く見つけることができません。
それからまもなく、自殺をしようとした小学生、親が離婚した中学生、就職が決まらない高校生などを助けたという噂が広がりました。
親や教師は、生徒をたぶらかそうとしているかもしれないと疑い、一日中、町中を警戒しました。
子供たちは、お礼を言いたいだけなのに、そんなことをしないでくれと頼みましたが、一向にやめようとしません。
しかし、そのおじいさんは、そんなことを気にせず、よその町でも、悩んでいる子供たちを助けていました。
テレビや新聞は、「ふしぎな老人」と呼びました。そうです、「ふしぎな老人」は、昔、「ふしぎな少年」といわれた少年の70年後の姿でした。
小学生のとき、四次元の世界に紛れこんで、特殊な能力を身につけました。60代の人なら覚えておられると思いますが、「時間よ、止まれ」と叫ぶと、この世の時間が止るのです。人も全く動けません。この間に悪者から子供を救うのです。
ただ、その能力を発揮するのにはものすごく体力と気力がいるので、大人になるにつれて、能力は衰えていきました。
その後、普通の大人になり、普通の人生を送ってきたのですが、人の役に立ちたいという思いは募るばかりでした。
70才になってから、自分の人生を堂々と生きていけば、多くのことがわかるはずだ。それを子供たちに教えればいいのだと思いました。そう決めてから、10年間修行をしました。
もう時間を止めることはできませんが、時間をゆっくり見ることができるようになったのです。
命があるかぎり、子供たちに、自分がうれかったら人もうれしい、自分が悲しかったら人も悲しいということを教えていくつもりです、大人には、その姿が見えませんが。
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(56)