アプリ

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(35)

「アプリ」
その町の中心には、摩天楼をなす高層ビルが無数にあり、ビルにある何万というガラスが太陽の光を受けて、きらきら輝いています。また、ビルの根元にはレストランやカフェが並んでいます。町というより都会、いや、大都会と言ったほうがよさそうです。
しかし、人がいないのです。車も通っているのですが、すべての窓が黒くなっていて、中を見ることができません。
どうしたことでしょう。別に戦争が起こったようではありません。ビルや道路のどこにも、傷一つないのですから。
今は2058年の10月です。ここはどこか言わないでおきましょう。今や地球上の町はどこでも同じような光景が広がっているのですから。
しかし、ビルでは大勢の人が仕事をしており、レストランやカフェには客がいます。
人は、ビルや店から外に出るときは、ほとんど車で、歩くということはしなくなりました。
ギャングでも出没するのかとお思いになるかもしれませんが、ギャングはこの世にはいなくなりました。
人が人を極端に避けるようになったのはこの10年ほどです。どうしてかと言いますと、目の前にいる人が今何を考えているかわかるようになったからです。別にむずかしい機械ではなく、スマホで、ハートマークのアイコンを押すだけでいいのです。
そして、それを相手に向けて、質問を念じると、すぐさま相手の本音がわかるのです。
発明されたときは、相手が1メートル以内にいなければなりませんでしたが、今や10メートでもわかるようになりました。
それがわかると、笑顔になったり、相手をハグしたりすることもありますが、みるみる顔色を変えたり、怒って帰ってしまうことも起きるようになりました。
これは由々しき社会問題になりました。男女の痴話げんかならいいのですが、経済活動にも影響が出るようになったからです。
社員同士が疑心暗鬼になり、仕事になりません。社長の訓示も、社員から信用されなくなりました。
もちろん、それを防ぎものも発明されましたが、すぐに、それをかいくぐるものができました。
業(ごう)を煮やした各国の政府は、「今後、外出するときはスマホを持たないようにしよう」と提案しましたが、誰も聞こうとしません。
それで、企業では、社員同士が10メートル以上離れて仕事をして、仕事の打合せなども、すべて電話でするようになりました。
家族同士でも、スマホは自分の部屋においてから夕食を食べたりするようになりました。
このアプリのおかげで家庭内殺人が頻繁に起こるようになったからです。
車のことを言いましたが、裕福な人は、自分もしないし、使用人にも運転させません。ロボットに運転させるか、無人走行の車を使います。
もし交通事故などが起きて、「そっちが悪い!」と主張しても、相手がこのアプリを使って、「反対側を確認していなかったなあ」という本音が表に出てしまうかもわからないからです。
このアプリが正当かどうか、裁判で長い年月争われましたが、ビデオと同じように、証拠として認められるようになりました。
殺人などの刑事裁判、離婚などの民事裁判などで、このアプリが証拠となったので、正当防衛がどんどん認められるようになりました。
世界中で、人は、人から10メートル以上離れるようになりました。
子供たちは、学校へ行くときはスマホは禁止されていますが、教師たちは、職員室に入る前に、スマホを、市が派遣した警察官に渡さなければなりません。
こんなことが楽しいはずがありません。恋愛もほとんど成就しませんから、結婚する人もどんどん減ってきました。
世界人口は、一時、120億人を超えましたが、今や50億人を切るようになりました。
これでは、文明を維持できないので、各国は、若い人に、乱交パーティを奨励しました。とにかく、お酒の勢いででも子供が生まれたカップルは、結婚させて、家庭を作らせました。
特に政府主催の乱交パーティで子供ができて結婚をしたら、年額300万円の補助金が出ます。給料以外にこれだけ収入があれば、生活はかなり楽です(ただし、離婚したら、返済しなければなりません)。また、子供ができたが、結婚しない場合は国が育てます。
しかし、これも不自然です。自然であることこそ、楽しい人生の基本です。
それで、人は考えはじめました。私たちは、なぜ他人の気持ちを知りたがったのだろうか。自分の気持ちを知るのも嫌な人がいるのに。
スマホは生活に必要なので使わないということはできませんが、世界中の人間全員が、他人の心を知るアプリは削除しました。こんなことは初めてです。
最近、もう一つの「疑心暗鬼の象徴」である核兵器を廃棄しようかという話が、各国の間で起こりはじめています。

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