あーちゃんの冒険
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(200)
「あーちゃんの冒険」
「あーちゃんの目はウサギのようだよ」ママが言いました。心配そうではありますが、どこかからかっているようにも聞こえます。
「そんなことはどうでもいいよ」案の定あーちゃんは不機嫌です。
「夢でも泣いているのかな?」ママはあーちゃんがずっと泣いているので心配は心配なのです。
あーちゃんにとって悲しいことばかり起きるので、あーちゃんの気持ちはわかるのですが、それにしても、ご飯もあまり食べないし、幼稚園も行かなくなったので、ママは何とかしなくてはと悩む毎日です。
「今日はごちそうを食べにいこうか。そうそう、あーちゃんの好きなハンバーグはどう?駅前にできた店のハンバーグはおいしいんだって」と誘うのですが、「いらない」と首を振ります。
あーちゃんはなぜ悲しいのでしょうか。先週、大好きなパパがアメリカの科学研究所に1年間行ってしまったからです。
もちろんママとパパとはあーちゃんに心の準備をさせるためにずっと前に言っていました。
その時は、「パパは会社のホープなんだから、がんばってきてね。私も負けないようにママとがんばるから」と答えていたのです。
二人はほっとして、アメリカ行きの準備をしてきました。でも、出発の1週間ほど前からあーちゃんの様子がおかしくなってきたのです。
ママに、「パパはわたしが嫌いだからアメリカに行くんだ」などというようになりました。
ママは、「そんなことないわ。あーちゃんやママを幸せにするためにアメリカに行くことを決めたのよ。パパだってどうしようかずっと悩んでいたのだから」と怒ったように言いました。
空港では、パパが何か言ってもママの背中で泣いていました。
しかも、幼稚園は休んでしまいました。先生に相談すると自分から行くと言うまで休ませましょうかということになりました。
幼稚園の友だち、特に一番仲よしのりかちゃんが来ると楽しそうに遊ぶのですが長続きしません。時々、「わたしは、日本で、いや、世界で一番不幸なの」と言うそうです。
そのりかちゃんはもうすぐ福岡に引越しするのですが、あーちゃんに伝えようとしても、あーちゃんがそんなことを言うので、りかちゃんは言いそびれてしまいました。
ママは、りかちゃんのことをどう伝えようか思案しました。しかし、いい考えが浮かばないので、親しいママ友に相談しました。
「困ったわねえ。あーちゃんはまだ元気が出ていないのでしょう。いずれ幼稚園に行くようになると、知ることになるわ。それなら、気分が落ちついているときに言ったほうがいいかもしれないね」
「ありがとう。そうしてみる」
ママは、朝ごはんがすんだとき、あーちゃんに思いきって声をかけました。
そして、りかちゃんが引越しをすることを伝えました。
あーちゃんは黙って聞いていましたが、「どこへ?」と聞きました。
「福岡のようよ」
「パパがお仕事で福岡に行っているとよく言っていたから、一緒に行くのだわ。
横浜から遠いと言っていた」
「そうね。しばらくは会えないから、幼稚園で一緒に遊ぶ?」
「考えておく」
それから、いつものように2階の自分の部屋に戻りました。そこで、一人で遊ぶのが日課になっていました。
ママは、りかちゃんのことで、あーちゃんが自分から幼稚園に行くと言うかもしれないと思いました。
あーちゃんは、お昼ご飯を少し食べて、また2階に戻りましたが、しばらくすると、「ママ、たいへん!」と慌てて降りてきました。
「どうしたの!」ママはびっくりして聞きました。
「お家の前で誰かがいじめられている。助けてあげて!」と叫ぶのです。
ママは玄関を開けて外に出ると、小学生の男の子が一人で泣いていました。他には誰もいません。
「どうしたの?」と聞きましたが、まだ泣いています。
「少し休みましょう」と言って、家に入れました。2階から降りてきたあーちゃんを見ると、ようやく泣きやみました。
ママは男の子から家の電話番号を聞くと連絡をしました。10分ほどすると母親が迎えに来ました。
話を聞くと、最近よくいじめられているそうですが、それでも学校に行くというのです。学校を休むと仲がいい友だちと遊べないので淋しいそうです。
「それなら心配ないですね」ママは安心しました。
数日後、またあーちゃんが慌てて降りてきました。「同じおじいさんが、何回も家の前を通るけど、どうもおかしいわ」と言うのです。
ママはまた外に出ました。ちょうどおじいさんが家の前で休んでいました。
「どうかされましたか?」と聞くと、「家に帰れなくなった」と言いました。
それで、近所の交番に電話をしました。しばらくするとパトカーが来て、おじいさんを乗せていきました。
翌日、若い警察官が来て、「おじいさんは、最近奥さんをなくしたそうで、ヘルパーの目を盗んでは一人で外に出るらしいです」と説明しました。「きっと淋しいのでしょうね」
翌日、あーちゃんが2階から、大きな声でママを呼びました。「ママ、すぐ来て」
ママは急いで2階に上がりました。「あれ、見て!」
家から50メートルほど離れたマンションの5,6階のベランダから煙が出ています。
「火事だわ!すぐに消防に連絡をしなくては」ママは急いで階下に降りました。
すぐ消防自動車が何台も来て、消火がはじまりました。
翌日、消防士と警察官が来てお礼を言いました。「ありがとうございました。
連絡が早かったので若い女性の命は助かりました。どうも恋人と別れて淋しくなったとか言っています」
翌日、あーちゃんは、「パパはママとわたしがいなくて淋しくないかなあ?」とぽつんと言いました。
「もちろん淋しいに決まっているわよ。でも、一生懸命研究に取り組んで、あーちゃんの自慢のパパになるぞと思っているはずよ」
「わたしも、寂しさ怪獣が来たら逃げずにやっつけることに決めたの。
怪獣が逃げても追いかけるつもりよ。明日から幼稚園でりかちゃんと遊ぶ。あーちゃんは強いんだから」あーちゃんはそう言うと、朝ごはんをたくさん食べました。