田中君をさがして(21)

      2016/04/05

谷田は、同級生の女子が、「火の玉コース」を選んだので、意地になって、「墓場コース」を決めたのだろう。
ぼくは、今回も、助手の仕事に専念して、コースを回らないことにした。
夜、ここにいるだけでも、十分、大人に近づいた気がした。
しかし、6人とも、初めてではなかったので、みんなを案内する必要もなかった。
最初に、5年生の1人が、「野狐コース」を行くことになった。
彼は、立ち上がって、自分の懐中電灯を出して、明かりをつけた。
ぼくは、すわったままだったので、照らしだされた顔は、病院にいるかもしれない魔物よりも怖そうだった。
「じゃあ、言ってきます」と言って、歩きだした。
光は、彼の足元だけを照らしだしていた。光は、だんだん階段を上がり、見えなくなった。しかし、踊り場を上がるとき、光が、チラッと壁にうつった。
きっと、懐中電灯を、前に向けたのだろう。
それからは、光も音も消えた。
パパは、懐中電灯を消したので、ぼくらは、暗闇のなかで、耳をすませた。
それから、5分ほどたってから、奥のほうを見た。
すると、薬局の向こうの壁に、明かりが見えた。無事に帰ってきたのだ!
次は、女子で、火の玉コースに行くのだった。
「変更しても、もどってきてもいいよ」と、パパは、声を掛けた。
「大丈夫です」
「手術室に入ると、左側に、机があります。その上に、ノートとペンがあるから、そこに名前を書いてきてね」
「わかりました。あかりました。じゃあ、行ってきます」
しばらくすると、その女子も、小走りになって、帰ってきた。
そうして、野狐コースで戻ってきた者や、火の玉コースと言いながらも、どうしても、手術室に入れずに、野狐コースで帰ってくる者もいた。
最後は、谷田だった。
ぼくは、谷田が帰ってくると、病院から出られると思って待っていた。
2,3分すると、踊り場の方から、明かりが見えて、谷田が、急いで戻ってきた。
「どうした、何かあったのか?」と、山下が聞いた。
谷田は、「ちがうんだ。詰所の中で、だれかいるような気がしたんだ」と、ハァ、ハァと、大きく息をしながら言った。
ぼくらは、みんな立ち上がっていたけど、パパは、谷田をすわらせたあと、みんなもすわらせた。
そして、何ごともなかったように、一人一人に、感想を聞いた。
最後に、「谷田君も、よくがんばったよ」と言って、立ち上がった。それは、いつものように、帰る合図だった。
そのとき、谷田が、「おじさん、もう一度、自分を知りたんです。もう一度お願いできませんか」と言った。
パパは、ちょっと考えていたが、「それじゃ、今度の日曜日を、最後にしようか」と答えた。
外は、真っ暗になっていた。また、みんな影法師になって、門の外に出た。
その次の日曜日午後7時、8人が集まった。6年生4人、5年生4人、そのなかで、女子は、6年生2人、5年生1人いた。もちろん谷田もいた。
また、同じように、みんな、コースを選んだ。谷田は、もう一度、「墓場コース」に決めた。
そして、最初の生徒が、「野狐コース」を選び、懐中電灯を持って、2回へ上がってとき、
突然、ものすごい光が飛び込んできた。
そして、人が飛び込んできて、「動くな、動くな」という叫び声が聞こえた。

ぼくは、何が起きたのかわからなかった。
大水が、川の土手を突き破り、ものすごい勢いで流れ出すのを、テレビで見たことがあるが、そのときも、光が、洪水のように、ぼくらのところに、一気に押し寄せたようだった。
目がくらんで、何も見えなくなった。
ぼくは、思わず、パパに抱きついたように思う。
そのとき、ガシャンという大きな音が聞こえた。
「大丈夫か?」という叫び声が聞こえた。
「大丈夫です。窓がわれただけですから」という声が聞こえた。
少しすると、ようやく、目がなれて、あたりが見えるようになった。
すると、玄関のところにいる男が、「みんな集まれ!警察だ」と叫んだ。
5,6人の男が、ぼくらを取り囲んでいた。半分が、制服を着て、半分は、普通のワイシャツ姿だった。
そして、みんな、大きな懐中電灯を持っていて、あたりを照らしだしていた。
その光で、2人の女子は、パパの後ろにいるのがわかった。
また、2,3人の生徒が、階段や待合室の方まで走っていたようだ。
逃げ場に窮(きゅう)した犬のように、その場に立ち尽くしていた。
パパは、「みんな、もどっておいで」と叫んだ。
年配の男が、「これで全員か」と尋ねた。
「いや、1人、2階に上がっています」と、パパは答えた。
「よし、誰か探しに行け」と、年配の男は、若い制服の警官に命じた。
1人の警官が、懐中電灯を持って、2階へ走っていった。
走りあがった警官が、「おーい、いるか」と叫んでいるのが聞こえた。
警官たちは、パパ以外、みんな小学生らしいと判断したので、緊張した雰囲気がなくなったようだった。

 -