田中君をさがして(12)

   

先生が、急に倒れて、仕事ができなくなったのだ。町の大きな病院に入院したのだと、近所の人が言っていた。
看護婦の金田さんが、パパの家に、挨拶に来たかもしれないと、パパは言っていた。
自分でも言っていたが、分かれることは、いやだったので、よくおぼえていないらしい。お父さんが、金田さんと話をしていたが、パパは、心も、体も逃げたくなって、どこかへ走っていった。
ところで、今回、パパは、ぼくに、「別れる」ということも、教えると言っている。なぜかといえば、生きている間には、「別れる」ことが何回も起こる。いや、「別れる」ことで、人生は、成り立っているのだから強調するのだが。
だから、ちゃんと別れることができると、ちゃんとした大人になれるとも言っているが、ぼくには、まだよくわからない。
ぼくも、そういうことがあったが、パパは、修学旅行などで、バスガイドさんと別れるのが、つらかったので、今後、だれとも会わないで暮らしたいと思ったことがあったそうだ。
あるとき、友達と映画を見にいき、映画館を出ると、雪が積もっていた。
その頃は、病院が閉まってから、2,3ヶ月立っていたので、先生や金田さんことが、心から、少しずつ薄れていっていた。
パパたちは、まだ人が通っていない道を通りたかったので、横道にそれた。そこは、病院へ行く道であった。
パパは、何気なく塀の隙間から、中を覗いた。庭の木や石は、その形通りに雪で覆われ、キラキラ輝いていた。暗い場所から出てきたところだったので、目が痛かった。
すると、今までのことが急に思い出されてきた。やけどのとき巻いてもらった油紙や、炭が燃える匂い。先生が、ご飯を終え、立ち上がるときにひっくり返った様子。パパが、小学校に入学したとき、体重が17キロしかなくて、金田さんが、とても心配してくれた顔が浮かんだ。
雪に覆われている庭を見ていると、日光写真をおいたところや、みんなで花火をしたところを思い出した。
ただ、庭の片隅で、そこだけ四角く雪が積もっていない場所があった。なぜだろう、あそこに何があったのだろうと考えた。確か、井戸があった。パパが行っているときも、病院の人は使わなかったので、蓋(ふた)がしてあった。冬の水は、あったかく感じていたが、こんなことがあるのだろうか。
それは、まるで穴が開いているようで、どこかへつながっているように思えた。

そのときは、パパは、友だちといたので、「旗本退屈男」というチャンバラ映画について話しながら帰った。
しかし、寝るときになると、あのぽっかり開いた「穴」が、頭に浮かんだ。
先生や奥さん、看護婦の金田さん、森本さんたちは、もう遠くに行ってしまったようだったのに、あの「穴」の向こうで、みんなで楽しそうにしているように思えた。
先生は、片足を伸ばして、ご飯を食べた。立ち上がるとき、よく「おなら」をした。すると、世話をしている看護婦さんたちは、「先生ったら!」と言って、大声で笑った。
奥さんも、「行儀が悪いでしょ」と笑った。
先生は、「これは、健康な証拠じゃ」と言って、自分の部屋へ退散した。
あの笑い声が、「穴」に響いているような気がした。
それから、雪は降らなかったけど、パパは、先生の家まで、何回か行ったことがあった。
人通りが少ない道であったが、前のように、板塀から覗くことはしなかった。
ただ、外から、ぼんやり家を見て帰った。
あるとき、何気なく門の戸を動かそうとすると、開いた。
時々、先生の親戚の人が、様子を見にきていることを聞いていたが、鍵を忘れたのだろうか。
パパは、そのとき、ドキドキして、すぐ戸を閉めた。しかし、何かがパパの背中を押したように思えた。また戸を開いた。そして中へ入った。戸を、そっと閉めて、そのまま踏み石に沿って、病院の玄関まで行った。
ガラス戸の角のところが、少し割れていて、紙で修理されているのは、金田さんとキャッチボールをしていて、ボールが当たったからだ。
もう引き返せないような気持ちになって、そのガラス戸を引っ張ると、開いた。
中へ入って、ガラス戸を、ゆっくり閉めた。しばらく、そこに立ち止まっていたけど、靴を脱いで、畳の待合室へ上がった。
そして、右手の診察室へ、おそるおそる行くと、なじみのある匂いが残っていた。先生の机、診察台、注射器や器具などが一杯入っている戸棚、注射針や器具を消毒する道具などが、そのままだった。
今度は、左にある戸を押して、中を見た。雨戸は閉まっているけど、奥の方が明るいので、中の様子は見えた。きっと、突き当たりにある台所の上にある曇りガラスから、外の光が入ってきているのだ。
長居をしておれば、親戚の人が来るのではないかと思ったけど、そのまま、あの「穴」があった中庭に沿って廊下を行った。
右手には、金田さんたちの部屋や、仏壇がある部屋などがあり、突き当たりに、居間があった。
先生の入院は、突然のことだったのだろうか、食器は、まだかなり残されていた。
今も、人が住んでいるような様子は、金田さんたちが、大きな声で、「ただいま」と帰ってきそうだった。
しかし、パパの心臓は、もう限度が来ているようだったので、後戻りして、家に帰った。
パパは、もちろん、人が住んでいない家に入るのは、悪いことだと分かっていたので、だれにも言わなかった。
1ヶ月ほどして、何か淋しくなったことがあった。

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