シーラじいさん見聞録
リゲルは後を追いかけた。他の者もすぐについていった。
影は、それに気づいて、あわてて逃げたが、リゲルが先まわりをした。
影は反転して逃げようとしたが、オリオンと改革委員会の二人が行く手をふさいだ。
影が一瞬ひるむと、リゲルが腹に一撃を加えた。すべてはあっという間の出来事だった。
影は気を失って海底に落ちた。
壮年のマグロだ。ここの者だろう。兵隊なら、ベテルギウスのことが聞きだせるかもしれない。
しばらく待っていると腹がピクピク動きだした。リゲルたちは身構えた。
やがて大きな目を開けたが、まだ何が起きたのかわからないようだった。
リゲルは、「少し聞きたいことがある」と言った。
マグロは、声のするほうを見たが、何も答えなかった。
リゲルは、それにかまわず、「最近、おれたちのような姿をしている者を捕まえたりしていないか」と聞いた。
マグロは、「知らない」と答えた。そして、声を絞りだすように言った。
「わしは兵隊ではない。もっと上に行けば兵隊がいるから聞いてくれ。もう騒ぎもおさまっただろうから」
「何があったのか?」
「ボスが殺された」
「殺された?あの赤い目のボスが」
「そうだ」
「だれに?」
「司令官にだ」
「何があったのか?」
「この前、敵に、まんまと食わされたことがあった。ボスは司令官を責めなかったが、ボスの腹心が、司令官に責任を取らせるよう進言したようだ。
それを伝え聞いた司令官が、ボスに殺されると思い、先に攻撃したといわれている」
そして、もう一度話しはじめた。
「あのボスぐらい聡明で、勇気のあるボスはいなかった。
あの赤い目に睨まれたら、どんな敵もすごすご逃げていったものさ。
ボスは、何が起きてもおまえたちのことは守ってやるというのが口癖だった。
それなのに、司令官は、自分の身分を守りたいがために、こんなことをしてしまった。
兵隊は、司令官やその部下に従っているが、いずれ誰かに追いだされるだろうと、みんなで話をしているところだ」
そこまで話すと、苦しくなったのか腹を大きく波立たせた。
「よく話してくれた」リゲルはそういうと、シーラじいさんを見た。
「他に知っていることはないか?」
「あやしい者を見かけたら、すぐに連絡せよという通達が来ている」
「よく聞かせてくれた。それじゃ行け」
「わしから聞いたと絶対に言わないでくれ」マグロは、そういうと、泳ぎさった。
「司令官は、軍隊や国民の目を、わしらに向けさせて、自分の立場を作ろうとしているようじゃな」
「どうしますか?」
「無益な戦いは絶対避けなければならない。今はベテルギウスたちを探すことが先決じゃ。最悪の事態が考えられるが仕方がない。今回は帰って、しばらく様子を見よう」
シーラじいさんは、リゲルやオリオンたちにそう言って、泳ぎだした。
「海の中の海」に戻ってから、シーラじいさんは早速講義をはじめた。
最初改革委員会のメンバーだけに話をする予定であったが、仲裁人、書記、見回り人などからもぜひという希望があり、誰でも聴講できるようになった。
まず、これから話をすることは、諸君が集めてくれたニンゲンの新聞や雑誌から集めたものである。
ニンゲンも知らないことが多く、毎日研究や調査をして事実を知ろうとしている。
わしらも、それを知るためには、ニンゲンの新聞や雑誌が必要である。今後も集めるようにと要請した。
そして、緊急の課題である「温暖化」について概略を話した。
大気と海は、深くかかわりがあり、海の温度が上がれば、海に住んでいる者に影響がでるだけでなく、異常気象になって、ニンゲンをはじめ、陸にいる者すべてに影響がでるとのことだ。
そして、なぜ温暖化になったのかは諸説あるが、ニンゲン自身に責任があるという意見が大勢を占めている。
改革委員会のリーダーが、「それはどういうことでしょうか?」と質問をした。
「わしらの先祖が生まれてから6000万年後ぐらいに、植物が異常に大きくなるようになった。その原因は、気象の変化などのようじゃが、それについてはまた話をすることもあろう。
とにかく植物が土に埋もれて石油というものになったのじゃ。ニンゲンは、それを利用することをおぼえた」
「何に利用しているのですか?」
「ニンゲンが生きていくためのありとあらゆるものじゃ」
「たとえば?」
「海を走っている船や空を飛んでいる飛行機を見ることがあるじゃろ。あれを動かすためには石油がいる。
また、ニンゲンは裸を隠すために服をというものを着る。それらも石油からできている。
石油がなかったら、ニンゲンはもはや生きていけないと言われている」
「石油を使うと、どうして温暖化になるのですか」若い見回り人が聞いた。
「いい質問じゃ。石油を遣うと、CO2というものが出る。それが、温暖化の原因と言われている。
詳しいことは今度説明するが、温暖化の原因は、ニンゲンが石油を使っただけかという批判もある」
「誰が言っているのですか」
「ニンゲンの科学者の一部からだ」
「ニンゲンが、温暖化を心配しているのはわかりますが、今は原因を調べるより、防ぐことに協力したほうがいいのではないでしょうか」
「それもいい質問じゃ。CO2の削減に途方もない金を使うより、他に使うべきことがあるという意見もあるし、CO2を前面に出すのは、原発を作るための口実だと疑う科学者もいる」
「原発?」
「電気を作るものだが、これも次回に説明する」
「いずれにしろわれわれは取りのこされますね」先ほどの若い見回り人が言った。
「いや、ニンゲンが絶滅すれば好都合じゃないか」中年の見回り人も自分の感想を述べた。
そのとき、誰かが急いで入ってくるのが見えた。