シーラじいさん見聞録
半日ほど進むと、何か黒々としたものが見えてきた。幅も太く、何キロという長さの帯のようだった。
さらに近づくと、川のように蛇行していて、しかも、くねくね曲がりながら動いていた。
それは、何十万というアジの群れが、一つの生き物のようになってどこかに向っていくのだ。
リゲルは、立ちどまって、「多分あれを追いかけてくると思いますよ」と言った。
すると、20近くの影が近づいてきたと思うやいなや、次々とその川に突っ込んでいった。影が、その川に隠れると、そこは一気に膨らみ、影があらわれた。影は、まちがいなくシャチのものだった。
シャチは川の中で、激しく動きまわっていた。しかし、川は、シャチをあざ笑うかのように、さらに膨らみ、シャチがいなくなれば、また狭まり、何事もなかったかのように、くねくね流れた。
しばらくシャチの食事風景を見ていると、誰かが近づいてきた。
「あら、あなたじゃない。よかったわ。聞きたいことがあったのよ」
「おばさん、ぼくもですよ」
「あの子がいなくなってしまって、今もあちこちさがしてきたところなの」
「ぼくも聞きました。心配してやってきたんです」
「お父さんは、もう少し探してくるって、一人でどこかにいったの」
リゲルの母親は、そう話すと、ようやく他の者がいるのに気がついた。
「おばさん、こちらは、シーラじいさんといって、ぼくらを指導してくれている方なんです」
「シーラじいさん?ああ、あの子が話してくれた方ね」
そして、シーラじいさんのほうに体を向けて、「あの子がたいへんお世話になりました」と頭を下げた。
「いや、元は言えばわしが悪いのじゃ」
「あの子が帰ってきたとき、あそこを追放されたということを聞いてたいへん心配していましたが、あなたのお陰で、すばらしい経験ができたと喜んでいました。
弟や妹には、戦いの様子を話してきかせ、勇気があるものにだけ名前とかいうものをつけてもらえるのだと自慢していました。
そして、あそこに戻れば、もっと訓練を積んで、みんなのためにがんばると張りきっている矢先でした」
母親は、感情に流されることなく、冷静に事実を伝えた。
「いついなくなったのじゃ?」
「はい。3,4日前でしたか。朝になってみんなで食料を探しにいこうと声をかけたのですが、弟の一人が、兄がいないことに気がついたのです。いずれ帰ってくるだろうと思っていましたが、まったく姿が見えないのです」
「友だちが来ているということじゃが」
「はい、あそこの友だちが、4,5人、息子を心配してきて訪ねてきてくれました。
そして、朝から晩までいっしょに遊んでいました。
あの子がいなくなったので、あの友だちに聞こうと思っているのですが、ぱったり来なくなってしまって、友だちもどうかなったんではないか心配しているところです」
シーラじいさんは、その友だちのことでもっと聞きたいことがあったが、「それは心配じゃな。わしらも、少し探してみるとする」と話を変えた。
「ありがとうございます」
「おばさん、心配しないで。ぼくらがついていますから」リゲルも、母親を励ました。
ベテルギウスの家族や親戚は、アジの川を追ってどこかにいったようだ。
母親が一人残り、シーラじいさんを見送ってくれた。
シーラじいさんたちは、近所を回ったが、すでに家族が探しているだろうから、ベテルギウスぐらいの年令の者から話を聞くことにした。
ようやく知りあいという少年を見つけたが、最近どこかの友だちばかりといて、自分たちとは遊ばなかったということだった。
また、何かたいへんことが起きるぞと聞かされた少年もいた。
「一度『海の中の海』に戻ったほうがよさそうじゃな」シーラじいさんは、そう判断した。
しかし、リゲルは残り、ベテルギウスの家族や親戚と行動を共にすることになった。
シーラじいさんと委員は引きあげた。
オリオンは、何も知らされていなかったようで、「二人はどこにいますか」と目を輝かせながら聞いた。
「リゲルは元気だったが、ベテルギウスがいなくなった」
「ええっ、どうしたんですか」
「よくわからんが、ここから出ていった者が訪ねていったようじゃ」
オリオンはうなづいたが、何も言わずに、何か考えごとをしているようだった。
シーラじいさんは、「おまえはどう思う?」
「はい、いっしょにいるかも知れませんね」
「そうだな」
「どこにいるのでしょう」
「まさかと思うがな」二人は話をやめた。
翌日、オリオンは訓練を受けるために出かけた。
シーラじいさんは改革委員会に行った。昨日まで行動を共にした委員が飛んできて、ベテルギウスのことは、リゲルからの連絡を待ってから、長老に報告することが了承されたと
述べた。
その後、新聞や雑誌を調べた。そして、IPCC第4次報告書について議論している記事を見つけた。