シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんも、オリオンと同じ気持ちだった。
「ベテルギウス、その子供のことをもう少し話してくれないか」
「みんなが話しているのを聞いただけで、それ以上は知りません。でも、どうして」
「ちょっと知っている子供かもしれないんじゃ」
「あっ、そのおじいさんと少年というのは、シーラじいさんとオリオンのことですか?」
ベテルギウスは、大きな声を上げた。
「よく似たことはあった」
ベテルギウスは、胸びれで海面を叩いた。
「そうだ。ぼくの先輩がその子供に会ったかもわかりません。あの先輩は、ぼくがここから追放されそうになったときもかばってくれました。とってもやさしいから教えてくれると思います」
「そうか。聞いてくれないか」
「それじゃ、すぐに」
ベテルギウスは、急いで自分の仕事にとりかかった。
しかし、10メートルぐらい行ったと思う間もなく、また引き返してきて、「シーラじいさん、名前をつけてくれてありがとう。
オリオン、どんなことになっても、ぼくらはいつもいっしょだよ」
そう言うと、一気に海の下に潜った。
ベテルギウスを見送ったオリオンは、「やはりペリセウスでしょうか?」と聞いた。
「そうだろう。でも、こんな広い世界で、またペリセウスのことを聞くとはな」
シーラじいさんは、そう答えたが、これからどうしていくべきかじっと考えた。
次の日、シーラじいさんは、名前部、分類部、分析部を回った。
自分が話したことに賛同して、かつてないほどの改革に取りくんでいるのだから、途中でここを離れるわけにはいかない。とにかく新しいことが動きだすまではここにとどまらなければならないと思った。
それを見届けると、すぐにペルセウスを助けにいくことに決めたのだ。
もちろん、オリオンはついてくるだろうが、どんなことがあっても、オリオンの命は守ってやらなくてはならない。
名前部の仕事は順調に進んでいた。ホシの名前を確認したり、自分たちで名前をつけたりしながら、抽象的なことにも、名前をつけたり、定義をしたりしていた。
たとえば、愛はどういうものか。そして、親の愛と恋人の愛はどうちがうかという議論も行われた。
また、憎しみとは何か。それはどうして起こるか、それを防ぐことはできないのかも大きなテーマになっていた。
そして、その名前や定義が、みんなに共有されると、分類部にもたらされた。分類部は、それらの名前を使って、今までの争いを分類する部署だ。
分析部は、一つ一つの争いに対する仲裁を整理し、今どのようになっているか調査する部署である。
同じ種類の争いなのに、再び争うようになった場合と、その後平穏な場合がある。なぜその違いがあるのか、それは仲裁の違いではないのかを研究して、今後の仲裁に生かすのだ。
そのためには、過去の争いの当事者に会わなければならない。しかし、その争いの仲裁人や書記、見回り人がいなくなっていれば、そこへ行くことができないということも多かった。
担当者が代わっても、誰にでもすぐにわかることが大事だということが全員に理解された。シーラじいさんが驚くほど改革は進んでいた。
三つの部署の連絡を取るために、改革委員会のメンバーは走りまわっていた。リーダーは、その合間にシーラじいさんに報告をした。
シーラじいさんは、リーダーに、ニンゲンが書いたものを見つけた者は、それをもってかえるように伝えてほしいと言った。最新の知識をみんなで共有できるからだ。
しばらくの間毎日出かけたが、一区切りしたようなので、どこにも行かず、いつもの岩陰で休んでいた。
うつらうつらしていたとき、体が浮くような感じがした。オリオンかと思って、薄目を開けると、「こんにちは」という声が聞こえた。
シーラじいさんは、岩の間から外に出た。ベテルギウスがいた。
「シーラじいさん、先輩を連れてきました。
オリオンには近づかないように言われていましたが、オリオンと友だちになったことも、その少年のことも話すと、知っているかぎりのことを話すと言ってくれました」
ベテルギウスが後ろのほうに、ベテルギウスより大きいシャチがいた。
先輩だろう。シーラじいさんに頭を下げた。そのとき、オリオンも、何かを感じたのか帰ってきた。
「わざわざ来てくれたか。早速話を聞きたい」
「見まわりから帰っているとき、少年らが、岩陰からどこかを窺っていました。しかし、ぼくらに気がつくと、さっと岩の間に入っていきました。これは何かあるなと思い、岩の間から、『どうしたんだ。よかったら言ってくれ』と声をかけました。
最初は、『歩っておいてくれ』というばかりでしたが、『おれたちは、ここらを見回りしている者だ』と説得すると、自分たちの親や仲間を殺した者に復讐するためにきたと言いました。
『やつらは危険だぞ』と忠告したのですが、『おれたちは、どこかのおじいさんと子供に、男はどうあるべきか教えてもらったので、何も恐くない』と言いはるのです。
そして、ようやく岩の間から出ようとしたとき、異変に気づいたのか、何十という敵が、岩のまわりに集ってきました。
そのときは、ぼくたちも帰ったのですが、その後、そこを何十回も通りましたが、敵は、少年たちを取りかこんだままです」
「そう、そう。その少年は、そのおじいさんと子供に、何か印(しるし)をもらったとか言っていました」

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