シーラじいさん見聞録

   

ようやく波が収まった頃に、秘書が戻ってきた。
「びっくりされたでしょう」
「あんな大きな姿は見たことない」シーラじいさんは答えた。
「でも、あれだけ大きくても、どんなに深くでも潜ることができるし、そこで2,3時間いることもできるんです。
ボスのお仲間は、1時間半ぐらいらしいですが、ボスは訓練をして、長時間いることができるようになったのです」
「それは、どうしてなんじゃ」
「どんな争いでも、両者の話を十分に聞き、恨みなどを残さないような仲裁をするためです」
「それはすごいことじゃな」
「また、ボスのお仲間は、しばらくの間寒いところへ行って、そこで食べ物を取るのですが、ボスは、ここをそう長く開けあけられないからといって、ずっとこの近くで家族と共に過ごされています」
「兵士は、ここで生まれたのか」
「いいえ、ここでは、出産も教育も認められていません」
「どうして」
「どこも、ここのような環境ならいいのですが、そういうわけにはいきません。
しかも、外の環境はどんどん変わっています。ここで、生まれ、育った子供は、そういう環境の中では生きていけません。
それは、親にとっても、子供にとっても不幸だからです」
「それで強い兵士になるのじゃな」
「以前は、ここに出入りするためには、厳しい審査に合格しなければならなかったそうですが、ボスは、そういうことをやめて、他の役に立つ意志があれば誰でもいいとお決めになったのです」
「それじゃ、敵が紛れこむこともあるのじゃないか」
「ご存知のとおり二つの門には優秀な兵士が見張っていますから大丈夫です」
「ボスがよくぞ通りがかってくれたものだ」
「それも、ボスが言ったのでしょう。ボスらしいですわ。
あのとき、占いのおばあさんが、息もたえだえにやってきて、『あの子供がたいへんことになっている。すぐにボスに連絡してちょうだい』と大声で叫んだかと思うと、そのまま気を失いました。
それで、若い兵士がボスを探しに急いで飛びだしたんです。
ボスは、占いや予言などはあまり好きではないので、照れかくしでそう言ったのでしょう。
あら、わたし、調子に乗っておしゃべりが過ぎました。『ぼく』もごめんなさい。
どうぞリハビリをお続けください」
「ところで、占いのばあさんはどうした」
急いで立ちさろうとしている秘書の後姿に言った。
秘書は振りかえった。
「しばらく入院していたのですが、呼吸も楽にできるようになったので、また大きな声で歌いながらどこかへ行ってしまいました。
しかし、子供のことが心配だと言っていましたから、いずれ帰ってくるでしょう」
秘書は、そういうと、あわてて帰っていった。
「シーラじいさん、『あの子供』って、ぼくのことなの」
今まで秘書の話をじっと聞いていたオリオンが聞いた。
「さあ、何のことじゃろ。あの秘書は、『いじめられている子供』ということを言いたかったのじゃなかろうか」
オリオンが意識不明のとき、シーラじいさんは、ここでも、オリオンが「神の子」だと思われていることは聞いていたが、どこかで会った、あの占いのばあさんのお告げが、ここまで広く知られていることは初めて知った。
以前、あの秘書には、「この子は、『神の子』ではない。家族とはぐれているだけなので、元気になれば、すぐに出かけるつもりじゃ」と言ったことがあった。
それで、秘書は、おしゃべりだが、オリオンがいるので、注意深く言葉を選んでくれたのだろうと、シーラじいさんは密かに思った。
「それにしても、争いは日増しに増えていると言っていたが、どうしてなんじゃろ」
リハビリをはじめるために元の場所にもどるオリオンを追いかけながら、そう思った。
オリオンは、泳ぐことはもう心配なかった。ジャンプは、まだ前のようには行かなかったが、筋肉がついていけば大丈夫だろうと、リハビリ担当の医者は保証した。
それに、ジャンプが高く飛べなくても、生きる上で、そう心配ないとつけくわえた、
しかし、オリオンは、それが我慢できなかったようで、医者や他の患者が帰った後も、一人残って練習した。
そう無理をするなと声をかけるシーラじいさんにも、「シーラじいさん、先に帰ってください。もう少し練習しますから」と答えた。
ある日、オリオンが一人いるとき、誰かが近づいてきた。
「がんばっているようだね」子供っぽい声だった。
そちらを見ると、オリオンより大きな体をしていた。顔の下の方は白くて、目の上も白い丸模様があった。穏やかな表情で、オリオンを見ていた。

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