シーラじいさん見聞録

   

「思うようにいかなくて」
オリオンはどぎまぎしながら答えた。
その区域では、大勢の者がリハビリをしているが、みんな遠くにいるので、こんなに近づいたことはなかったからだ。
それにしても大きい。オリオンの二倍はありそうだ。しかし、声はどこか幼かった。
「体力は徐々に戻ってくるから、そんなにあせることはないよ」
「でも、ぼくは大きなけがをしているから」
「今でも、おれたちよりジャンプができるじゃないか」
「前はもっとジャンプできたんだ」
オリオンは、その少年と話をしていると、張りつめた気持ちがだんだん消えていくのがわかった。
「でも、君は何でもできるんじゃないのか」
「どうして」
「きみは神の子だろう」
「神の子?」
「ああいけない。きみに近づいたり、声をかけたりしてはいけないと言われていたんだ」
ああ、それで、ぼくが近づくと、みんなすっと離れていくのか思った。
「神の子って何なの?」
「きみも知らないのかい?」
「知らない。はじめて聞いたんだもの」
「ぼくも知らないけど、きみは、ボスに助けられたんだろう?」
「ボスからも、そう聞いたけど、そのときのことはよくおぼえていないんだ」
「ウミヘビのばばあが、神の子があらわれたって、言いふらしたんだ。
ウミヘビのばばあは、ここではあんまり信用されていないんだ。
『次の満月のときに、この世は破滅する』なんてことを言ったもんだから、たいへんな目に会った。
結局何にもなかったんだが、みんなに問いつめられると、『何にもなかってよかったじゃないの』って、またどこかへ行ってしまった。
大体、ボスは、そんなことは大嫌いなんだ。自分の目で見たことしか信用しなんだ。
しかし、ウミヘビのばばあのお告げで、きみを助けにいったっていううわさがひろがったんだ」
オリオンは、その少年の話を聞いてもよくわからなかったので、話題を変えた。
「きみの名前は?」
「名前?」
「きみをあらわすもの」
「そんなの知らない」
「みんな、きみのことなんて呼ぶの」
「呼ばないよ。きみたちもそうだろうけど、合図をしたらわかるよ」
オリオンは、困ってしまった。
「きみは、どうしてリハビリを受けているの?」
「見回りの研修を受けているときに襲われたんだ」
「恐かっただろう?」
「おれたちは、先輩たちについていったんだ。
ちょうどひどい争いの真っ最中だった。両方の女や子供が血を流しながらどんどん死んでいった。
同じ仲間らしいんだけど、昔から仲が悪かった。しかし、最近は、小さな小競り合いはあっても、大きなけんかはなかった。
それで、先輩たちは、緊張関係はあるけど、そう危険なことはあるまいと、おれたちをそこに連れていってくれた。
戦いは、いつまでもやまなかった。それで、先輩たちがその間に割りこんでいって、両方の大将に、すぐにやめるように説得した。
両方とも疲れてきたのか、ようやく先輩たちの話を聞くようになった。
しかし、話には聞いていたけど、どちらも相手を責めるばかりで、埒が開かない。
誰も生まれていないときのことを持ちだしてきてもどうしようもないだろう?
先輩たちは、仲裁をうけるように提案した。
そのかわり、どんな仲裁案でも絶対従わなければならない。もしそうしなければ、今後何が起きても誰も助けてくれないことを説明した。
両方の大将は、それぞれの幹部と話しあった結果、自分たちの子供のことを考えたら、これ以上争いを望まないので、仲裁に従うと同意した。
それで、先輩たちは、両方の大将を同席させて、もう一度お互いの主張を聞いた。
それでは、4,5日したら、仲裁案を持ってくるといって引きあげた。
その帰り道、どちら側かわからないが仲裁を受けることに不満を持っている者たちが、おれたちを襲ってきた。
おれたち見習いは、すぐに逃げるように指示を受けた。
それで、おれたちは逃げたんだけど、心配になったので、ほんとは、どうなっているのか見たくなって、少しもどって、岩陰で様子を見ることにした。
先輩たちは、相手と激しく戦っていた。しかし、先輩は3名だったんだけど、相手は100はいた。
一番好きな先輩が、大勢に囲まれていた。おれは、思わず敵の仲に突進していった。
しかし、ぼくは体当たりを何回も食らって気を失ってしまった。結局、その先輩に助けられたというわけさ。
結局先輩がつれてかえってくれたんだが、教官に、まだ力が足りないのにとこっぴどく叱られた。
ひどくけがをしていたので、入院の後、リハビリをしているんだ。
しかし、この後、教官から評価を受けるようになっている。もし評価が悪かったら、ここから永久追放になるかもわからないんだ。
大好きな先輩がやられていたんだぜ。きみならどうする?」
「ぼくも行くと思う」
「そうだろう?きみが気に入った。友だちになろう。
ここに残れるようになったら、訓練をもっと受けて、一人前の見回りになりたいんだ。
そして仲裁人になって、争いのない世界を作りたんだ。
ところで、さっききみが言った名前ってなんだい?」

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