シーラじいさん見聞録

   

今まで案内してくれた秘書と同じ仲間のようだ。
最初の秘書は、その声を聞くと、早く行きましょうというふうにシーラじいさんを見た。
もちろん、ぐずぐずしている暇はない。
シーラじいさんは、かわいそうなことにならなければいいがと念じながら、二人の後を追った。
病院では、今も、あちこちで治療が行われていた。その間を抜けて、オリオンがいる場所に戻った。オオダコがオリオンを抱えているままだ。
医者の1人が、シーラじいさんを見ると、笑顔でやってきた。
「また奇跡が起こったようですな」
「どうしました?」
「先ほどから、今までなかったような声で、あなたを呼んでいます。体も少し動いているようだ」
「それじゃ、わしが近くにいってやります」
「そうしてやってください」
オオダコは、2人の会話を聞いていたのか、巨大な足を緩めて、シーラじいさんが入れるぐらいの隙間を作ってくれた。
シーラじいさんは、迷路のようになっている足の間を入っていった。
オリオンが見えた。オオダコの足をベッドのようにして、じっとしていた。
シーラじいさんは、オリオンの顔を見た。目をつぶっている。
そのとき、オリオンは、「シーラじいさん」と言った。
「おお、オリオン。わしじゃよ。シーラじいさんだ。早く目をさますんだ」と叫んだ。
オリオンは、それに答えなかった。まだ意識が戻っていないようだ。
しかし、オリオンは、自分の胸びれを動かして、シーラじいさんの体を確かめるように何回もさわった。
「オリオン、シーラじいさんが迎えにきたぞ」シーラじいさんは、涙声で叫んだ。
すると、オリオンは目を開けて、シーラじいさんをじっと見た。
「おおおお、オリオン、気がついたか」
シーラじいさんが呼びかけても、きょとんとしたままだった。
「オリオン、みんなが、おまえを助けてくれたんだ」
すると、オリオンの目に涙が流れた。「ああ、シーラじいさん」
「オリオン、よかった。ちょっと待っておれ。医者に知らせてくるから」
シーラじいさんは、医者に、オリオンの意識が戻ったことを知らせた。
先ほどの医者が、「それはよかった。これは軌跡だ」と叫んだ。
その声を聞くと、まわりの者が大勢集まってきた。
サメやシャチ、イルカだけではなかった。タコやイカ、アンコウやクラゲの仲間も集まってきた。
「よかった」
「ほんと。よかったわ」
「あの話はほんとうだったんだ」
「しかし、どんな災厄が起きるんだろう?」
「何でもこの世がひっくりかえるようなことが起きるという話よ」
「それを、この子供が救ってくれるんだ」
みんな口々に叫んでいた。
「君たち、他に患者がいるんだから、もう少し静かにしたまえ」と先ほどの医者が大声で言った。
「先生が、最初に『奇跡が起きた』って言ったんですよ」という声が上がった。
みんながどっと笑った。
その後、3人の医者とシーラじいさんが、オオダコの足の間に入って、オリオンの様子を見た。
オリオンは、じっとしていたが、シーラじいさんを見ると、体を近づけてきた。
「どこか痛いところはないか」医者が聞いた。
「どこもありません。でもお腹がすいています」
「そうか。そうか。今までの分もたっぷり食べろ」
3人の医者は、もう大丈夫だとわかって、笑顔でうなずきあった。
オオダコは、医者の指示で、オリオンを砂浜にそっとおいてから、オリオンから離れた。
遠くからその様子を見ていた魚たちは、自分たちを助けてくれる者を見たがったが、まだ静かな環境が必要だということで、近づくことは許されなかった。
そこに行けるのは、担当の3人の医者と、刺激を与えるために毒を注入する魚たち、そして、シーラじいさんだけだった。
オリオンは、日ごとに元気になっていった。ときには、笑い声さえ立てた。
しかし、あの恐ろしいことを思いださせるようなことは聞かないようにしていた。
医者は、シーラじいさんに、「幸いヒレには損傷は見られません。ただ筋肉が落ちているので、また泳げるようになるまでは時間がかかります。
ひょっとして、このまま泳げないかもしれませんが、私たちには、生きているだけで希望の星となってくれるでしょう」と言った。
そして、「もう少し元気になれば、リハビリをすることも考えてください」とつけくわえた。

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