シーラじいさん見聞録

   

「次の代理人は、前に出てください」と誰かが叫んでいた。
病院と比べれば、かなり狭い。幅や奥行きは、それぞれ100メートルぐらいしかない。その区画のまわりには、大勢の魚が集まっていた。しかし、その声以外には、何も聞えなかった。
真ん中には、大きなイルカのような者がいた。その両側には、2匹のサメがいたが、右側のサメが大きな声を出していたのだ。
すると、区画の両側から、二匹ずつサメやシャチのような者が出てきて、大きなイルカの前で正対した。
イルカの左側にいたサメが、少し前に出た。何か言っているようだ。他の者は、熱心にそれを聞いていた。
シーラじいさんは、声が聞こえるまで近づいた。
話が終ると、正対している左側の一匹が、少し前に出て、何か話しはじめた。
「事情はわかる。そうだからといって、こちらには何一つ責任がない。
そして、誰かにこうせよなどと指図されるおぼえはない。われわれは、祖先が営々と築いてきた生活を守っていかなければならないのである」
反対にいた魚が反駁した。
「大げさな。こちらは、今のままでは、全員が餓死する恐れがある。
しばらくの間だけ、あの場所を譲ってほしい。老人や子供に食べさせてやっている間に、われわれは、食料が豊富な場所が見つける。そうなれば、あそこには一切立ちいらないと約束する」
「同情を引く論法だが、見つかり次第という曖昧なことでは承服できない」最初の魚が応じた。
正対していた4匹の魚は、大きなサメをじっと見た。しばらく沈黙が続いた。そのサメは、何か考えているようだったが、おもむろにいった。
「仲裁します。それでは、満月から満月の間、その場所を譲るものとする。
それが過ぎたら、どのような理由があろうとも、他の者の立ち入りを認めないものとする」
両方に分かれていた4匹の魚は、それを聞くと、急いで立ちさった。
「ここは裁判所か」
成りゆきを聞いていたシーラじいさんは、小さな声で秘書に尋ねた。
「少しちがいます。仲裁所というべきところです。しかも、ここには当事者はいません」
「どうして」
「前にも申しあげましたが、ここには許可された者しか入れないのです。
それで、許可された者が、仲裁を申したてた当事者の代理をしているのです」
「不服があれば?」
「仲裁人の仲裁には、必ず従わなければなりません」
「代理人は、どこかに急いだようじゃが」
「それぞれの代理人が、当事者に、仲裁の内容を報告にいったのです」
「当事者は、代理人と同じ仲間なのか」
「今の当事者は存じませんが、ほとんどちがいます。
因みに、どこかで懸案が持ちあがれば、近くを通りがかった代理人は、そのときは代理人としてではなく、巡回人として話を聞きます。
そして、両者を、その場に呼びよせ、経緯を聞きます。巡回人は、自分が最善と思う忠告をします。
ほとんどは、その忠告を聞きいれますが、どちらかが、不服であれば、組織として、それには関与はしません。代理人は、それくらい権限が与えられているのです。
ただし、両方の当事者たちが望むなら、今ご覧になった仲裁制度もありますが、それには従わなければならないことを説明します」
大きな体をしたイルカの仲裁人の横にいた書記が、また「次の調停をはじめます」と叫んだ。
両側から、また代理人が二匹ずつ出てきて、正対した。
書記は、まず今までの経緯を説明した。
それによると、最近、当事者の一方の子供たちの遊び場に、余所者が頻繁にあらわれるようになった。
しかも、傍若無人にふるまうものだから、子供たちの中には、恐がって、泣きだしたり、怪我をするものが出てきた。
今のところ重大な事故はないが、これは、由々しき事態である。子供たちに、何かあったら、誰が責任をとるのか。仲裁を求めるという趣旨であった。
もう一方の当事者も仲裁を求めているので、仲裁をお願いする。
経緯を説明した書記官は、これでまちがいがないかといったふうに、両方の代理人のほうを見た。
両方の代理人は、共にうなずいた。それから、一方の代理人が、少し前に出て、大きな声で陳述をした。
「子供たちには未来がある。その幼い心に、大人や社会に対する不審の芽を植えつけるのはいかがなものか。
このままでは、われわれが守られている秩序に対する脅威になりはしないか。そこを鑑みて、仲裁してほしい」
陳述をしたシャチは、してやったりというような表情をして、元の位置に戻った。
反対側から、一匹のイルカが前に出た。そして、書記のほうを見てから反駁をした。
「そこは、もともとわれわれの生活の場である。それなのに、後から来て、正義を振りかざすのはやめてもらいたい。既得権は侵すべからずということは自明の理である」
両方の代理人は、また仲裁人を見つめた。
しばらく沈黙があった。やがて、仲裁人の声が聞こえた。
「お互い、子供たちに配慮すべきである。そこは、生活の場といっても、ときたま通るだけと聞いている。迂回したとしても、たいした距離ではないはずだ」
また、両方の代理人は、仲裁案を聞くと、飛びだしていった。
書記が、次の代理人を呼びだした。
そのとき、誰かが息せききって、シーラじいさんのところにやってきた。
「子供がシーラじいさんと叫んでいます。すぐ帰ってください」と叫んだ。

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