シーラじいさん見聞録

   

船は止まっているようだ。ジムに気がついたにちがいない。
黒々とした影が、だんだん大きくなってきた。右側の方でライトが動いている。
光の中に、ボートが浮かびあがっている。ジムが立ちあがっているようだ。
船には、二つの影が動いている。その一つが、ボートの方にロープのようなものを投げた。
ジムは、それを、何回か目に掴んだ。二つの影は、それを引っぱりあげようとしている。
ジムの体が浮いた。足で船体を蹴って、その勢いで船に上がろうとしたが、体力が弱っているのか、ロープから手が離れた。
危うく海に落ちそうになったが、何とかボートに戻ることができた。しかし、ボートは、転覆するかというぐらい揺れた。
しばらくして、船の上の一つの影が、ボートに飛び乗った。そして、ジムを後ろから押しあげた。
すると、オリオンが、シーラじいさんのいるところに帰ってきた。
「どうやら助かったようだな」
「よかったですね」
「あのニンゲンたちは、だれだ?」
「探していた仲間のようです」
「そうか。ところで、ジムは、おまえに何か言っていたか?」
「約束は守るから、この近くにいてくれと言いました」
「おまえも、これで元の体にもどれそうだな」
「でも、仲間はすぐに帰ろうと主張しています。ジムは反対していて、激しく言いあらそっています」
「わしが様子を見てくるので、おまえは、ここに待っていてくれ」
シーラじいさんは、そう言うと船に向かった。
3人がいる右舷の真下に着くと、声が聞こえだした。
「あいつらの電話を盗聴していると、おめえが逃げだしたことがわかった。
おめえが仕掛けた装置で、逃げた位置はだいたいわかっていたので、探しにきたというわけだ」
「しかし、いくら探しても見つからないので、もうあきらめるところだった」
「おめえは、腹が減ってくたばったか、サメのえさになっているかもわからんと、マイクと話していたんだ」
「でも、頭がおかしくなっていたとはなあ」
「マイク、本当なんだ。イルカとおじいさんのような魚に助けられたんだ」
「そんなことあるわけないだろう」
「トム、本当なんだ。シーラじいさんが星で方角を確認しながら、イルカがボートを引っぱってくれたんだ。
しかも、二人とも言葉をしゃべるんだ。おれが気弱になったとき、シーラじいさんから、人生について教えてもらったんだ」
「そいつはおもしれー。で、シーラじいさんに、どんなことを教えてもらったんだ?」
「自分で自分を救う気持ちがあれば、どんなこともできると」
「いいこと言うじゃないか」
「その校長先生は、どんな魚なんだ」
「今まで見たことがない。深海魚かもわからない」
「深海魚がどうしてここにいるんだ?」
「国境を越えたときに迷ったと言っていた」
「国境!」
「行方不明になった友だちを探しているとき、国境を越えて帰れなくなったんだ」
「頓馬な校長先生だ!」マイクとトムは大笑いをした。
しかし、ジムは、そのまま話を続けた。
「オリオンは、すごい能力を持っている。船のエンジン音を関知することができたので、おまえたちと会えることができたのだ。それにひどいけがをしているのに、おれを助けてくれたんだ」
「どうして、二人は一緒にいるんだ?」マイクと呼ばれている男がたずねた。
「オリオンも、家族とはぐれて、一人ぼっちだったんだ。二人は偶然会ったんだが、シーラじいさんが、オリオンに同情して、家族を探す手助けをしているところなんだ」
しばらく声は聞こえなかった。
「ジム、シーラじいさんとオリオンから貰った魚しか食べてないんだろう?
おまえの好きな肉と上等なワインがある。おまえの好きなミートパイも持ってきている」「そうだ。うまい飯を食えば、頭も元に戻るさ」トムも応じた。
「ところで、おめえ、隠した場所を聞きだしたんだろう?」
「聞いた」
「どこなんだ?」
ジムの声は聞こえなかった。
「早く行かないと、やつら、どこかに持っていってしまうぞ」
「二人に約束したんだ。オリオンは、このままじゃ泳げなくなるので、できるだけ早く動物病院で治療してもらわないとたいへんなことになるんだ」
「ジム、あれを横取りして、金に買えりゃ、一生楽しく暮らせるじゃないか」
「そうだ。それから、豪華な船を買って、ここに戻ればいい」
「そうだ、そうだ。今から前祝と行こうじゃないか」
「連れていかないのなら、おれは、ここに残る」
ジムの声が大きくなった。

 -