シーラじいさん見聞録
「これは縁起がいいぞ」シーラじいさんも大きな声で言った。
「でも、ぼくは願いごとを言っていない」オリオンは、泣きそうな声で言った。
「オリオン、心配しなくもいい。心の声は言葉にしなくても伝わるものじゃ」
オリオンは、少し安心したようにうなずいた。
「それに、流れ星は、毎晩何十個と見ることができる。言葉にするのはいつでもできる。それじゃ、用意しよう」
「どうするのですか」オリオンは、少し緊張した顔で聞いた。
「ジム、ありったけのロープを結んで一本にしてくれ」
「OK」
ジムは、手探りでロープをさがした。10分ほどしてから、「できました」と叫んだ。
「よし、そうしたら、両端を両脇にある金具に結ぶんだ。できたら、こっちへ投げてくれ」
ジムは、シーラじいさんの言うとおりにロープを結び、海に投こんだ。
「オリオン、そのロープの中に入って、それをくわえろ。そして、そのままボートを引っぱられるかどうか試してくれ」
オリオンは、ロープの下に潜り、口を大きく広げて、ロープをくわえた。
おそるおそる前に進んだが、すぐにやめた。
「どうした?」
「ロープを奥まで入れると、口に当たって痛いです」
「それじゃ、ジムに言って、尾びれのところで結ぶようにしようか」
「いえ、もう少しくわえ方を工夫してみます。
それから何回もやりなおして、ようやく「大丈夫です」と笑顔で答えた。
「それじゃ出発!」シーラじいさんは、力強く言った。
オリオンとジムも、「出発!」と応じた。
オリオンは動きだした。ジムが乗っているボートも進みだした。
シーラじいさんは、ボートの横を泳いだが、オリオンの泳ぎが早いので、遅れ気味だった。
「おーい、オリオン、そんなに早く行くのではない。先は長いのだから」と叫んだが、オリオンは、無我夢中で泳いで、ずっと遠くまで行ってしまった。
しかし、オリオンは、我に返ると、シーラじいさんがいないことに気がつき、あわてて戻ってくることがわかっていたので、迷ってしまうことはなかった。
その間、木などが海に浮かんでいれば、それを拾って、ジムに渡した。直射日光は、ジムに相当こたえているようなので、それで屋根を拵えるのだ。
そんなふうにして、2,3日過ぎた。さすがにオリオンも疲れてきた。
体の動きが鈍くなってきて、言葉数も少なくなってきた。
ジムも、それを見かねて、「オリオン、そんなに無理をしなくていいよ」と声をかけた。
シーラじいさんは、その夜は休むことに決めた。
食事の後、3人で話をした。
「ここは広いですね」と、オリオンが言った。
「わしらが住んでいる海は、インド洋というんだ。世界には、太平洋、大西洋など、もっと広い海があるぞ」
「それは、どこにあるのですか?」
「インド洋の隣にある」
「どうして行けるのですか?」
「世界には海は一つしかない。場所によって名前をつけているだけじゃ」
「名前があるほうが、便利からですか?」
「そのとおりじゃ」
「オリオンは、頭がいいなあ!」ジムは感嘆の声を上げた。
「いや、シーラじいさんが、みんな教えてくれたんですよ。シーラじいさんは、ニンゲンが書いた物も読めるんです」と胸を張った。
「ほんとですか?」
「いや、見よう見まねでな」シーラじいさんは照れた。
「信じられない」ジムは首を振った。
「わしらは、元々深い海でのんびり生きているので、何もすることがなくてな、それで、暇つぶしのようなもんさ」
「どこかちがう世界に来たようだ」ジムは、まだ首を振っていた。
「もう少し北に行けば、モンスーンという風が吹いておる。
今は、夏なので、南西から北東の風が吹いているはずじゃ。それをうまく利用したら、オリオンも、少しは楽になる」
「どうしてですか?」オリオンは、体を乗りだしてたずねた。
風が、海流というものを作る。風に、波が流されるのじゃな。それに乗れば、自然と進む。
あとは、星を見ながら方角を間違わないようにするだけじゃ」
「ヨットも、うまく風を捕まえたら、早く進むのだ」ジムも言った。
満天の星の下で、3人の話は続いた。
少し話が途切れたとき、ジムが思いきってというように、シーラじいさんとオリオンに聞いた。
「二人は、なぜ一緒にいるのですか。生まれも育ちも、そして、年令もちがっているようですが」
「わっははは。不思議じゃろ。わしらも、そう思っているんじゃ」
シーラじいさんは、そういう言うと、今までのことを話しはじめた。
ジムは、シーラじいさんの話を聞くと、「おれも、一人ぼっちなんだ」と言った。