シーラじいさん見聞録

   

その後、オリオンは懸命に泳ぐ練習をくりかえした。
背びれがもぎとられたことは大きな障害になっていたが、それを補うとしたのだ。
以前のような早さにもどりつつあったが、狙った場所に正確に行けなかった。
左の胸びれにも損傷を受けているようで、右へ右へと行ってしまうのだった。
シーラじいさんは、海に浮かんでいる木屑を使って、オリオンに、潮や風の向きと強さを考慮して、少し左に行くように教えた。
オリオンは、休まずに練習した。疲れているはずだが、日ごとに明るい表情になっていった。
まだ、すばやく目標に行くことはできないが、手ごたえを掴んだようだ。
ある日、オリオンは、「シーラじいさん、もう大丈夫です。行きましょう」と声をかけた。
「まだ練習をしなくてはなるまい」
「いや、だいたいわかってきました。後は、経験だけですから」
「そうだな。おまえの姿を見ると、親は悲しむだろうが、成長ぶりには驚くにちがいない」と応じた。
「それまでに、ニンゲンが助けてくれるかもしれません」と、笑顔で答えた。
しかし、シーラじいさんは、行くべきか戻るべき考えた。
オリオンがニンゲンの船のまわりで遊んだ場所まで戻ったほうがいいか、それとも、家族が向ったといわれる方向へそのまま進むか。
シーラじいさんは、それについて説明し、「オリオン、どっちに行こうか?」と聞いた。
オリオンは、「ぼくは、このまま進みたいです」と躊躇なく答えた。
友だちから聞いた話では、ニンゲンは、あちこちにいる。それで、どこかでニンゲンとは知りあいになれるような気がするので、このまま家族がいる方へ行ったほうがいいのではないかという考えだった。
「よし、わかった。それなら、このまま進もう」
オリオンは、ときおりジャンプした。これは以前と変わらない高さまで上がれるようだ。しかし、島影を見つけることができなかった。
どこかに向う集団の魚に出会うことがあった。
シーラじいさんは、その度に、どこかに島がないか聞いてみた。
わしらは、そういうところには行かないから知らないが、イルカが集まっているところはあるという答えだった。
今進んでいる方向より少し左のようだ。その方向に進むことにした。
ある日の夜、休んでいると、遠くに黒い影が見えた。
「あれは何でしょうか?」オリオンは、声をひそめて聞いた。
「何だろう。全く動いていないようだな」
「調べてきましょうか?」
「いや、わしが見てくるから、おまえはここにいるんだぞ」シーラじいさんは、静かに近づいていった。
影は、静かな波の上にぽつんと浮かんでいた。
あれは何だろう。シーラじいさんは、じっと見た。
上に突起のようなものがあり、それが不規則に高くなったり、低くなったりしていた、
あれは背びれなのか。それにしても不自然だ。
背後と思われるほうから、さらに近づいた。
波がぽちゃぽちゃと音を立てているだけだ。心臓の音が聞こえるのではないかと心配した。
もし相手が気づいて、向ってきたら、すぐに逃げなければならない。シーラじいさんは、そう思ったとき、「背びれ」が立った。そして、大きな声を出したではないか。
叫び声のようで何を言っているのかわからなかった。
これはニンゲンじゃないのか。小さな船に乗っているのだ。どうしてこんなところにいるのだ。
しかし、シーラじいさんは、オリオンが待っている場所にもどった。
オリオンは、あれが何か早く知りたいようで、「何か大きなこえが聞こえましたが」とたずねた。
「ニンゲンのようじゃ」
「えっ、どうしてこんなところにいるんですか?」
「わからんな。何か困っているのかもしれない」
「それじゃ、すぐ助けましょう」
「でも、なぜ、ここにいるかわからない。わしらを殺す道具をもっているかもしれないから、近づかないほうがいい」
「ニンゲンは、そんなことをするのですか」
「明日暗くなってから、もう一度様子を見よう」
朝になって、そっちの方を見ると、ニンゲンは浮かんだままだった。しかし、シーラじいさんは、オリオンに絶対近づいてはいけないと注意した。
夕焼けが空や海を赤く染め、何もかもが闇に包まれた。
シーラじいさんは、また一人で、ニンゲンに近づいた。今日はじっとしたままだ。
死んでしまったのかと不安になり、思い切って声をかけた。
「どうかなされたか」
ピクッとも動かない。しばらくして、もう一度声をかけた。
「えっ、誰だ」という声が聞こえた。
真っ黒な影は起きあがって、あたりを見ているようだ。
「誰かいるのか、助けてくれ」という声がはっきり聞こえた。

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