シーラじいさん見聞録

   

若い男のようだ。
「どうしてこんなことになったんじゃ?」シーラじいさんは、体を海の上に出さないようにしながら聞いた。
「悪いやつらに捕まり、船の底に閉じこめられていたが、隙を見て逃げだしたんだ。
もう3日何も食べていない。腹が減って死にそうだ。何か食べものをくれないか」
男は、息を切らしながらしゃべった。自分は、誰としゃべっているのか気にもかけていないようだ。
「わかった」シーラじいさんは、そういうと引きかえした。
男は、まだ何か叫んでいた。しかし、その後返事がないので、その場にすわりこんでしまった。
シーラじいさんは、途中オリオンが待っているのに気がついて、「オリオン、やはりニンゲンのようだ」と小さな声で言った。
「何をしているのですか?」
「腹がすかしているようだ。もう3日も食べていないと言っていた」
「どうしたらいいですか」
「うっかり近づいて、食料になってしまってはいけない」
「ニンゲンは、何を食べるのですか」
「陸にあるものだろうが、海のものも食べると聞いている」
「それじゃ、ぼくらと同じものですか」
「多分そうだと思うが」
オリオンは、どこかに向った。
「おい、オリオン、待て。こんな時間に行ってもむだだ」と叫んだが、オリオンの姿はなかった。
オリオンは、しばらくして帰ってきた。何かくわえている。その影から見ると魚ではなさそうだ。イカだ。
オリオンは、一度それを吐きだし、「これを持っていってやりたいんのですが」と言った。
「おまえは、どこまで人がいいんだ」シーラじいさんはあきれたように言った。
「とにかく、わしについてこい」
シーラじいさんは、オリオンが自分の善意を早く出さないと気がすまないのを知っていたので、すぐに行動を始めた。
なるべく音を立てないように、ボートに近づいた。
「オリオン、あのボートの中に、それを入れろ。終ったらすぐに帰ってくるんだぞ。後は、わしがニンゲンに話すから」
オリオンはうなずき、すぐに船に向かった。そして、勢いよくジャンプして、イカを投げいれた。
影はぴくっとも動かなかった。水に戻るときの音をなるべく立てないようにしたのだろう。
オリオンが帰ってくると、シーラじいさんは、ボートに向かった。
そして、大きな声で叫んだ。
「それは食べられるかね?」
「えっ」ニンゲンの声が聞こえた。そして、のろのろと影が動いた。しばらく手で探していたようだが、見つけたかと思うと、すぐにむしゃぶりついた。
それを見ると、シーラじいさんは、オリオンがいるほうへ戻った。
「うまそうに食っていたから、すぐに元気なるだろう」
「でも、あれだけじゃ、またお腹がすくでしょう」
「また明日、今頃持っていけばいいだろう」
次の日、イカだけでなく魚も投げいれた。
「少しは役に立ったかな?」
ニンゲンは少し元気になったようで、イカや魚がボートに落ちた音に気がついたようだ。
しかし、オリオンは、かなり離れたところでジャンプして投げいれたので、オリオンが水に戻った音は聞いても、姿は見えていないはずだ。
「ありがとう。あなたは命の恩人だ。ところで、どこにいるんです?」
「あはは、海の中だ。そんなことはどうでもいいから、まず食べなさい」
ニンゲンは、魚にかぶりつきながらも、あたりをきょろきょろした。
あくる日も持っていった。
ニンゲンは、シーラじいさんの声を聞かずに話しはじめた。
「もう限界です。頭がどうかなりそうなんです。あなたにお願いがあります」
「何かね?」
「このボートを動かしてほしいです」
「そうしてやりたいが、わしらはニンゲンじゃない」
「まさか。言葉をしゃべっているじゃないですか」
「海の中は遠くまで見ることができないので、声を出して、その反響で物を見るのだが、直接言葉として使うこともできる。それはともかく、どこへ連れていくのだ?」
「仲間が、おれを探しにきているはずなので、そこまで連れていってほしい。仲間も、おれに会いたがっているんだ」
「しかし、こんな広い海の中でわかるのか?」
「ボートで脱出したとき、仲間に信号を送っておいた。お礼はたっぷりする」
「約束は守ってくれるのか?」
「ああ、必ず約束は守る」
若いニンゲンは、必死で言った。

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