シーラじいさん見聞録
「ぼくらもそうでした。それで、3人ともいつもより早く来ました。多分世界中の人間もそうだったかもしれませんね」ラーケという助手が言った。
「当事者たちも、憎悪ではなく、不安で寝られないのなら、戦争を避けてくれるかもしれないがな」アムンセン教授は微笑んだ。
「ここはどうなるのでしょうか?」ミューラーという助手が聞いた。
「世界が紛争状態になっても、核が使用されても、大学はどんな影響も受けていないだろう?これからもそうだ。真理の追究をやめることこそ人間の破滅を意味する。だから、ぼくは命をかけてもここを守るつもりだよ」
もう一人のヨンセンという助手も、「教授には何も連絡はないのですか」と心配そうに聞いた。
「今のところはないが、最悪のことも考えてはいる。研究は続けられるしれないが、動物は海に戻さなくてはならないだろう。しかし、ぼくとしては、別の方法がないか模索している」
教授は、助手に話しながらも、オリオンを目で追っていた。昨日マイクとジョンが念を押していたので、オリオンに言葉をかけることはしなかった。
「とにかく、きみらも、自分の研究のことが心配だろう。ぼくとしても、できるだけのことはするよ」教授は3人の助手と研究室に行くことになった。
出ていくときに、「それじゃ、きみたち、イルカたちを見ておいてくれないか」言った。
昼近く、教授が一人で戻ってきた。そして、「ご苦労さん。ランチをいっしょに取ろう」と誘った。
食堂のテーブルにすわると、さっそく「オリオンの様子はどうだ?」と聞いてきた。
「オリオンはかれらとずっと話をしています。ぼくらも邪魔をしないように見ていたのですが、オリオンが休もうとしても、どうも向こうがオリオンに話しかけているようです」マイクが言った。
「だから、ぼくらもオリオンから詳しい話を聞けないのですよ」ジョンもつけくわえた。
「オリオンは精神科医だな。オリオンが助手になってくれれば、どんな研究もできるような気がするよ」
2人は、「ぼくらもそう思っていましたが、とにかくオリオンについては許可がないと何もできませんでしたから」
「ベンはほんとに思いきった決意をしたと思うよ。きみらも、きみらの所長もそうだ」
「ベンは、軍人として考えていたのでしょう。ぼくらにも、世界は破滅売るかもしれないと言っていましたから」
「アメリアには、報復で核を使うことだけは思いとどってほしいものだ。みんなが協力すれば、かならず世界は生まれかわれるのだ。
オリオンはその象徴になれる存在だ。ぼくは、もくオリオンを研究したいんだ。いや、オリオンから学びたいのだ。そうなっても、助手には手伝ってもらえないのだね」
「そうですね。教授の気持はよくわかりますが、もしもということがありますので、ここはしばらく・・・」マイクも、教授の気持はよくわかったので、言葉を濁さざるをえなかった。
翌日、助手がいないとき、教授は、「それなら、オリオンを別のプールに入れることはできないだろうか」と聞いてきた。
2人は、「わかりました。ちょうどオリオンも、教授にかれらについて話をしたいと言っていましたから、そのことも話してもらえませんか」と答えた。
「それは好都合だ」
午後、教授は一人で待っていた。オリオンは、教授を認めるとゆっくり近づいてきた。
「オリオン、かれらはよく話すようになったんだってね」教授はすぐに本題に入った。
オリオンは、「みんなよくしゃべるようになりました。家族や友だちが殺されたようで、心に相当深い傷を負っています」
「誰が殺したんだ?」教授は思わず聞いた。
「それがわからないのですが、自分たちより数倍も大きいものが何十頭もきたといっています」
「そんなことは今まで聞いたことない。ひょっとしてクラーケンか」
「ぼくもそう思いました。でも、あいつらは、最初リクルートするようですが、そういうことはなかったみたいです」
「リクルート?あいつらは、兵隊をリクルートしていたのか!」
「そうです。だから、あれだけ多くの兵隊を集めることができるのです」
「そういうことか」
「かれらは、数頭の仲間と何とか逃げることができたのですが、追いかけられたり、血の海に隠れたりしながら九死に一生を得たようです。
でも、恐怖のあまりそのときの記憶を失ったようで、思い出そうとしても思い出せないことがあるようです。
ぼくが、家族や友だちがいるところに帰りたくないのかと言っても、それがどこだか思いだせないのが辛いようです」
「よく聞きだしてくれたな。ぼくら専門家でもできない」
「ぼくが、もういいよ。しばらく休めよと言っても、なかなかぼくを離してくれないのです」
「オリオン、ぼくも、きみとずっと話をしたいんだけど、きみ一人で別のプールに来ることはできないか」教授は、恋人を誘うように言った。
「それはかまいませんし、ぼくも、教授に話したいことがあるんです。でも、もう少しかれらを見ておきたいのです」
「そうだろうな。それじゃ、ずっとではなくて、一か月おきでもかまわないよ」
「それなら、彼らも安心すると思います。マイクとジョンもきっと喜ぶと思います」