シーラじいさん見聞録

   

背後で、「シーラじいさんだ!」という声が聞こえた。オリオンは振り返ると、「シーラじいさんが来ますよ。もっと前に来てください」と言った。3頭のクジラはゆっくり前に進んだ。
しばらくすると、「オリオン、よく帰って来てくれた」という声が聞こえた。
「ああ、シーラじいさん、帰ってきました」オリオンは前に行った。
「みんな心配しておった。とにかく無事でよかったな」シーラじいさんはオリオンをいたわった。
「心配ばかりかけて」オリオンは胸が詰まった。
「何を言っておる。おまえこそ誰よりも辛いことに耐えてきた」
「ベンが行方不明だと聞いて急いできました」
「そうじゃ。船が沈んだ場所はわかったが、わしらにはどうすることもできない。それで、リゲルやミラたちは捜索に来た船やセンスイカンの様子からどういう状況か判断するしかない」
「リゲルたちは今もそこに行っているのですか」
「そうじゃ。もうすぐ帰ってくるじゃろ。オリオン、向こうにいるのは誰じゃな」
「はい、北極海でリゲルたちと知り合ったと言っています。ぼくが方向を見失ったとき、偶然出会いました。心配してトロムソまでついてきてくれました。
トロムソに着いたとき、カモメから、ベンのことを聞いたのですが、クジラたちは、リゲルたちに会いたいので、ぜひ連れていってほしいということだったので、一緒に来ました」
クジラは、さらに前に来て、「リゲルたちに多くのことを教えてもらって、今はみんなで助けあって海を守っています」
「ぜひそのお礼を言いたいのです」
「ぼくらにできることがあれば何でもします」口々に言った。
「そうじゃたか。そのために遠いところまで来てくれたのか。リゲルたちからは、ひじょうに気の毒なことになっていると聞いておったので、その後、どうされているのか心配しておった」
そのとき、「リゲルたちが帰ってきました!」リゲルたちを探しに行っていたベラが帰ってきて叫んだ。
「オリオン!」あちこちから叫び声が近づいた。オリオンも声のほうに急いだ。「オリオン、無事だったか」、「よかった。夢のようだ」と叫びながら、お互い激しく体をぶつけて、喜びを表した。
それから、オリオンは、「きみらに会うためにわざわざ来てくれたものがいるよ」と北極海のクジラを紹介した。
「あっ、きみらか!」、「よく来てくれたな」、「会いたかったです」また再会を喜んだ。
クジラたちは、教えてもらったとおりみんなで北極海を守っていることを話した。リゲルは、「みんなが助けあったたら,どんなことでもできる。またクラーケンが出てくるようなことがあったら、いつでも駆けつけるよ」と励ました。
「ベンは?」オリオンは思いきって聞いた。
リゲルの顔から笑顔を消えて、オリオンを見た。「いや、まだわからないんだ。ミラと二人で、5回船の様子を見た。センスイカンも、残念ながらニンゲンを助けようという動きはしない。ミラと話していたんだが、次のことを考えたほうがいいかもしれない」と答えた。。オリオンは、うなずくばかりだった。
北極海のクジラが、「オリオンからベンというニンゲンについて聞いています。ニンゲンができないのなら、ミラとぼくらでその船を引き揚げることはできないですか」と聞いた。
「いや、それは無理だ。海は、深くなればなるほど、ものすごい力がかかる。ぼくらでも無理だよ」ミラがすぐに言った。
他のクジラも、「それじゃ、船をそこで解体して、ベンを助けることはできないのですか」と言った。
「いや、ニンゲンは、海の中では生きられないものなんだ」ミラは根気よく説明した。
北極の海のクジラは納得できないようだったが、何も言わなくなった。
「オリオン、疲れただろう?しばらくゆっくりしろよ」リゲルが言った。
「ベンの船を見てみたい」
「気持ちはよくわかるが、まだ体力が戻っていないし、もし行ってもどうすることもできないぜ。もし何かできるのなら、すでにしているよ」リゲルは突き放したように言ったが、オリオンの気持がわかっているからだ。
オリオンは黙っていた。みんなも何も言わず体を硬くしていた。すると、「みんな、ありがとう、ベンのことはよくわかった。これからトロムソに戻る」とオリオンが言った。
「オリオン、何を言っているんだ。ようやく戻ってこられたのじゃないか!」リゲルが大きな声で言った。
「そうだよ。みんなが一つになれば、どんなこともできるじゃないか。また一人になるなんて」
「とにかく、ここで少し休め。どうするかはそれからだ」
「みんな、ほんとにありがとう。でも、マイクやアントニスが待っている。それにベンとの約束がある」オリオンは絞りだすように言った。
「オリオンの気持はよくわかる。しかし、核物質が地球にいる生きものに影響があることがわかっている。それは、ニンゲン以上に海にいる我々のほうに影響を与える。トロムソは特に危険だ。風の流れで他の場所以上に降ってくるからだ。オリオン、ここは我慢して、状況を見てから動くべきじゃないか。マイクやアントニス、そして、カモメがきみを守ってくれているのだから」リゲルがオリオンを説得した。
「でも、ベンがアムンセン教授に頼んでくれた」
「でも、どんなニンゲンかわからないじゃないか」ペルセウスも説得に加わった。
オリオンは黙ってしまった。「シーラじいさんはどう思いますか」リゲルが聞いた。

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