シーラじいさん見聞録

   

兵隊たちは初めての海に緊張していたらしく、そのシャチの声に驚いて大騒ぎになった。隊列が乱れた。そのとき、「静かにしろ」と叫びながら来る者がいた。そして、「誰だ、おまえは?」とシャチに聞いた。
シャチは落ち着いて、「小隊長、ご苦労様です。私は隊長付きの兵隊です。隊長から、ここで兵隊を連れてくる小隊長に伝えるようにと命じられています」と答えた。
「隊長から?何があったのか」
「はい。私も詳しくはわからないのですが、核兵器というものが近々このあたりで使われるそうです。それが使われると、ニンゲンどころか我々も死んでしまうので、ここに集合するという方針が変わったのです」
「ほんとか?」
「そうです。すでに小隊長がおられた海の近くでは核兵器が使われたそうです。それがここでも使われることが、昔からここに住んでいた者から聞いたのです。
それで、一旦戻って、次の命令を待つようにということになりました。向こうではお気づきじゃなかったでしょうか?」
小隊長はようやく合点がいったようで、少し余裕が出てきた、「わしらは部下の訓練で忙しかったものでな。そういえば、船が増えているようには感じていたが」
「そうでしょう。ニンゲン同士が全面戦争をするようです。はた迷惑なことですが、我々は自分たちの命を守らなければなりません。それで、急遽方針が変わったのです。隊長だけでは間に合わないので、隊長直属の部下もこうして連絡に回っています。
ただ、うまくいけば、これでニンゲンは全滅するかもしれません。そうなったら、我々には怖い者はなくなるのです」シャチの口は止まらなかった。
「そうだったか。それはご苦労だった。しかし、おれたちはどこまへ戻るのだ?」
「とにかく、今にも核爆弾が爆発するかもしれないので、ここを離れて、元いた場所に戻ってほしいのです」
「しかし、それで大丈夫か?」
「大丈夫です。我々も、ある程度連絡が終わればそちらに向かいます。そのときに、今後の方針を伝えられると思います」
「了解した。それではすぐに戻る。おまえも気をつけろよ」
「ありがとうございます。それでは、小隊長も気をつけて」小隊長は、ひきつれていた若い兵隊に事情を話して、すぐに戻っていった。
シャチは、もしそれでも信用しないのなら、リゲルたちに芝居をしてもらおうと思っていたが、あっけないほどうまくいった。カモメは今上空で見たことをリゲルたちに報告した。
リゲルたちは急いでやってきた。「おれたちの出る幕はなかったようだな」
「そうです。みんなにやってもらうまでもなく、戻っていきました。しかしここにいる者にはそういうわけにはいきませんから、その時はお願いします」とあらためて頼んだ。
その芝居を数回行った。以前からいる小隊にも、シャチは同じように説明した。そして、それを信じてすぐ逃げる小隊長もいたが、本部で確認するという小隊長には、カモメに合図して、リゲルたちの出番となった。
それを見ると、躊躇していた小隊長も動揺して、「絶対連絡しろ」と言って持ち場を離れて南に急いだ。
それを聞いて、若いクジラたちは快哉を叫んだが、ペルセウスとシリアスは、「大丈夫でしょうか?」とリゲルに聞いた。
「おれも、ばれたときはどうなるのかと考えていた」と答えた。
「あいつを捕まえにやつらが大挙してくると、ここはまたたいへんなことにある。若い連中は喜んでいるが」
「おれたちがいなくなったとき、ここの若い連中が心配だ」
「今までやつに任せていたが、おれたちが次のことを言ったほうがいいのではありませんか」
「そうだな。一度話をしてみよう」
翌日、カモメから、クラーケンの部下たちがどんどん南に向かっているという報告が来た。また、別の報告によると、北に向かっていた者も、南に行く一団と遭遇すると、そのまま引き返す姿も見られたというのだ。
そのシャチは、「ありがとうございました。みなさんのおかげです」と挨拶にきた。
リゲルは、「よかった。しかし、まだ何が起きるかわからないから、安心するなよ」と言うにとどめた。
「分かっています。ボスが逃げたことを確認するまで気を緩めません」
シャチは、翌日からは、カモメに手助けしてもらいながらも一人で出かけていった。
今度は、逃げる者の背後から声をかけて、ボスたちの動きを知ろうとしたのだ。
シャチの話によれば、「おれたちが逃げてボスは大丈夫なのか」と聞くようだ。しかし、ほとんどが、「そんなことは知らない。とにかく死にたくないんだ」と答えるようだが、1頭だけが、「おれたちもそれを心配したのだが、小隊長が、『命あっての物種だ。また戻ればいいさ。それに、ボスはおれたちより何十倍も大きいから心配ない。
おれたちの任務はボスを守ることではなくて、敵に切りこむことだ、その敵が核を使うのであれば、まずは引きかえして様子を見るのも作戦なのだ』というからそれに従うまでだ」と答えたそうである。
それから数日して北極海は、ほんとに核兵器が使われたように生きているものはいなくなってしまった。
「クラーケンのボスもここを離れたかもしれないな」ペルセウスが言った。
「それなら、おれたちも一度シーラじいさんに会ってはいけませんか」とシリウスが言うと、みんなも、「そうしよう」という声を上げた。
すると、1頭の若いクジラが、「そうしてください。ぼくらもいろいろ教えていただいて、何とかできそうです。それに、あのシャチがいてくれますから助けてくれます」と言った。
リゲルは、あのシャチと話をして決めようと思った。

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