シーラじいさん見聞録
前方には巨大な氷山があちこち浮かんでいた。まるで一つの大陸のように見える。
リゲルたちはカモメの動きを見失わないように懸命に進んだが、思わず氷山にぶつかりそうになってスピードを出せない。
そして、氷山を左右に分かれて通りこすと、次の氷山が前にあり、方向がわからなくなる者が出てきた。
「おーい、どこだ?」と焦って叫ぶ者がいる。リゲルは慌てて駆けつけて、「敵が近くにいるときにそんなことをすると、おまえだけでなく、みんなも襲われるんだぞ」と叱責した。
先に進んでいたカモメも次々に下りてきて、「もっと北に行けばもっと氷山があるぞ」と大きな声で注意した。
リゲルは、ミラを探す前にまだまだ訓練が必要だと痛感して、それ以上そこで進むことを止めた。
そして、1人で目的点まで行く訓練、みんなで同じ行動をする訓練、あるいは氷山を利用して隠れる訓練などをした。
もちろん、リゲルも、氷山が浮かぶ海ははじめてであったが、カモメから、ここにいる者がどのような行動を取っているか聞いて、その動きを覚えることにしたのだ。
全員ができるようになるまで10日ほどかかったが、ようやく若い者にも余裕が出てきた。これなら、一人迷っても、慌てずに次の行動を考えることができるだろう。そして、「敵に囲まれても絶対あわてるなよ。どうしようもなくなったらできるだけ深く潜って逃げるんだ」と忠告した。
全員の心に、「後はミラの情報を集めるだけだ」という思いが湧きあがった。
シリウスはそれを代表して、「どのようにミラを探したらいいでしょうか」と催促した。
「探す準備は整ったようだから、はじめよう。しかし、ここでは場所を決めて探すことはできない。氷山が多いし、しかも動いているから、場所を決めても意味がない」
シリウスたちは納得してうなずいた。「それで、カモメからの情報を待って、すぐにそこに向かおう」
「わかりました。全員で一団に話を聞くのですね」
「ただ氷山があるから、すぐに追いつけるかどうかわからないが」
翌日から、カモメとの連携した作戦がはじまった。1羽のカモメが飛んできて、「向こうからクジラが来るぞ」と報告してくれた後、すぐに向かったが、一団がいる場所の上空に目印としていてくれるところまではまっすぐ行くことができなかった。
リゲルが案じたとおり、結局はるか遠くに行ってしまうか、海に潜ってしまって、話を聞くことができないのだった。
ようやく、5,6頭のクジラに近づけたので、話を聞こうとしたが、リゲルたちを見ると、慌てて逃げてしまった。
「おれのことを怖がるのは仕方がないが、シリウスを見ても、逃げてしまってはな」とシャチであるリゲルは嘆いた。
ある日は、シャチがいたので、今度は大丈夫だろうと思って近づいたが、それも逃げてしまった。
「見かけない者を見ると向かってくるはずのに、それもない」リゲルは、北極海で何が起きているのかわからなくなった。「ここにいる者は、おれたちとちがう習性があるのだろうか」
「ぼくらをクラーケンと思っているのではないでしょうか」シリウスが言った。
「そうか!そうかもしれないな。しかし、おれたちが来てから、クラーケンらしきものはいないようだ。ほとんどここで暮らしているにいる者ですよね」と今度はカモメに聞いた。「そうだ。2か月ぐらい前からクラーケンはまったく見ないな」
「2か月前ぐらいには何か変わったことはありましたか」
「それがわからないんだよ。この島の北部を中心にミラを探しているが、クラーケンとここにいる者が争ったようなこともない。別の場所はわからないが」
「しかし、ぼくらを見てすぐ逃げるのは、クラーケンを怖がっているからでしょうね」シリウスが自分の考えを述べた。
「そうだと思う。みんな相当警戒しているもの」
「シーラじいさんは無理ならすぐに帰ってこいと言っていたが、このままでは帰れないよな」
「ぼくがやってみます」ペルセウスが声を上げた。
ペルセウスはマグロでは大きいほうだが、ここはクジラやシャチが相手だから、伝令役をすることになっていたのだ。しかし、リゲルが難渋しているのを見て自分がやろうと決めたのだった。
「大丈夫か」
「ぼくなら、小さいので相手も気にしませんよ。もし向かってきたら、すぐに逃げるだけです」
「しかし、ここの連中はよその者を受けいれないからなあ」
「まあ、任せてください。ぼくしかできないことがありますから」
それで、リゲルたちはもう一度訓練をすることになった。ペルセウスは一人で動いた。カモメがまわりの状況を伝えることになった。
2日後、クジラが一頭だけで泳いでいるのに遭遇した。ミラと比べたら、大人ではないが、小さな子供でもなさそうだ。
家族や仲間が待っているのかと思って、しばらくついていったが、そうではなさそうだ。
ペルセウスは、背後から一気に顔のあたりまで急いだ。
そして、「聞きたいことがあるんだ」と叫んだ。
クジラは、その声に驚いたが、自分の横に小さな者がいるのに気づいて止まった。
「なんだ、おまえ。迷ったのか」と言った。
「いや、仲間を探している」