シーラじいさん見聞録

アントニスは次々と手紙を書いた。最初は少し躊躇した。カモメが疲れるだろうし、もし何かがあったら、そこにすぐに飛んでいけないだろうから、ある程度の情報が集まってからのほうがいいのではないかと考えた。
そのことをシーラじいさんに聞いたら、カモメは、大勢の仲間とイギリス海峡を偵察しているから、途中で、手渡し、いや、口渡しのリレーをするから、まったく疲れないとのことだった。それで、アントニスは毎日のように手紙を送ることにした。
だから、オリオンがもうすぐ海底のニンゲンを助けるためにインド洋に行くこと。そのための準備として、大きなプールに移ったこと。さらに深海を潜るためにサウサンプトンの海でトレーニングをするようになったことも、すぐにシーラじいさんたちは知ることになった。
さらに、オリオンから、研究所のスタッフと知りあいになってほしいという手紙が来たことも。
リゲルたちはオリオンの動きを話していた。
「オリオンはどんなときでも、次のことを考えているんだ」
「いや、それどころじゃなくて、何か突発的なことが起きたときはどうするかを考えているんだ。その事態があまりひどくならないように」
「つまり？」
「今の状態は、オリオンとアントニスたち、オリオンとスタッフの関係だけだろう？
アントニスたちとスタッフが仲間になれば、もし自分に何かあっても、すぐに次の対応が取れると考えたのだ」
「そうか。オリオンの銚子が悪くなっても、オリオン以外にも、海底の場所を知っているものがいるとわかれば、早くニンゲンを助けられるじゃないか」
「それはおれたちのことだ！」
「それに、公にされていない情報でも、ぼくらに届くこともあるかもしれない」
「さすがオリオンだ！」
「こんなことはオリオンにしかできないわ。誰でも目の前のことに必死で、自分を忘れてしまうもの」
「おまえたちもあわてて動くな」シーラじいさんは、みんなの気持ちが高揚しているのがわかって冷静さを求めた。
「オリオンが海で訓練するときは、ニンゲンはクラーケンが来ないか警戒している。
そのとき、たとえおまえたちであっても、不審なものがいれば、訓練が延期されるかもしれない。そうなれば、海底のニンゲンを助けるのが遅れる。
おっつけ、ダニエルの友だちからの情報が来る。それを待つのがおまえたちの仕事じゃ」

カナダの無人潜水艦が何ものかに攻撃されたことはニュースで流れていた。引き上げられた機体の映像を見ると、先端部分が粉々につぶれていた。
「これはクラーケンの仕業だろうか？」ダニエルが聞いた。
「クラーケンは体当たりするから、凹む場合が多い。それと、大勢で押さえつけて殺す。生きものでも、センスイカンでも」
「原因を調べているらしいが、もしクラーケンなら、そこに来たということがショックだろう」
今まで採掘していた場所の化石燃料はほとんど枯渇してしまい、どこの国も、燃料が不足している。
シェールガスはまだ余裕があるが、石炭や石油より温室効果が高いことが判明して、規制しようといううごきが出ているのだ。
まだ再生可能エネルギーがきていないから、どこの国も、自前で調達しなければならない。。
さらに悪いことに、豊富な量があるとわかっていても、太平洋や大西洋は、クラーケンが攻撃してくるので、本格的に掘削できないでいた。
北極圏は、永久凍土に覆われていて調査できなかったが、皮肉にも、温暖化のためにそれが融けだしたので、調査がしやすくなった。
すると、資源が豊富にあるというだけでなく、比較的深度が浅いことがわかった。
クラーケンが出没していないこともあって、多くの国が掘削競争をはじめていた矢先だった。
こうなった以上、北極圏にクラーケンが入らないように世界中の国が協力すべきだということがノルウェーのトルムセで話しあうことになったのである。
ただ、どこかの国がクラーケンを装って、採掘の邪魔をしているのではないかという疑念をお互いがもっているようだが、とりあえず、北極圏を分担して警戒することが決まったようである。
会議の取材は終ったので、ダニエルの友だちは北極圏の動物の取材に同行した。温暖化と採掘競争で動物はどうなっているのかという取材だった。
ノルウェーから、アイスランド、グリーンランド一帯を空から見たが、マッコウクジラは見なかった、ときおりホッキョククジラは見たがという連絡が入った。
「ミラとホッキョククジラは種類がちがうのですか？」リゲルが聞いた。
「そうじゃ、クジラは南で子供を産むが、食べ物は寒い場所に豊富にあるので、北極や南極に行く。
名前からして、ホッキョククジラは、そこから動かずに一生を過ごすのだろう」
「ミラはそこで受けいれられているかなあ」
「近くまで行かなくてもいいですか」
「そこは、温暖化で氷が融けだしているといっても、おまえたちが自由に動ける場所ではない。ここにいて情報を待つことじゃ。それから動いても遅くはない」
「クラーケンが北極圏に集まっている今のうちに、オリオンに訓練させるはずだ。
おれたちは、サウサンプトンにクラーケンが行かないように見張ろう」リゲルが力強く言った。

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