シーラじいさん見聞録
所長はマイクの考えを理解した。「きみが言うとおりだ。オリオンに何か起きるかもしれないし、今度の事件でわかったが、どこにスパイがいるかもしれないからな」
「それと、人間でも初めての場所は精神的に影響がありますから」マイクも言った。
「海底に人間がいるらしいと説明したんだが、そんな荒唐無稽な話は鼻から信用しない幹部がいたので、『それなら連れていく』と言ってしまったんだ。クリフには、まずこちらに来て調査するように頼むよ」所長は約束してくれた。
マイクは、オリオンをどうしても移送しなければならないというのならば、オリオンと示しあわせて仮病を演じさせなければならないかとも考えていたので、所長の決断にほっとした。
翌日、イギリスの海軍の将校が3人来た。さっそくオリオンに面会することになった。所長とマイク、ジョンが同席した。
3人は、所長から情報を得ていたが、オリオンが何不自由なく英語で会話できるのに驚きを隠さなかった。「信じられない」、「何ていうことだ」を連発した。
それから、少し離れた場所で、一人の将校が、「本人が話しているのはまちがにないと思うが、生物学的にどう説明できるのかね?」と聞いた。
「オリオンの体の調査や研究は相当行ったのですが、どうして話すのかは不明です。声帯などもそう発達していませんから、どこかが声帯の代わりをしているようですが。今後はそこを重点的に調べます」所長は苦しそうに答えた。
もう一度オリオンに近づいて、別の将校が、「オリオン、英語は仲間から教えられたということだが、同じイルカの仲間なのかな?」と聞いた。
「同じ仲間だけじゃありません。シャチも話します」
「シャチも仲間なのか!」
「はい」
「それなら、新聞などの文字も読めるのか?」
「ぼくはわかりませんが、読める者もいます」
「人間が何をしようとしているのかもすぐわかるのか」その将校は独り言のように言った。
マイクはすぐに言葉を挟んだ。「オリオンはクラーケンの仲間ではありません。クラーケンが人間を攻撃するのをひじょうに憂いています。それはまちがいありません」
「マイク、それなら聞くが、オリオンが人間を助けようと願っているのなら、どうして早く言わなかったのかね?」
「それはわたしに責任があります。オリオンがここに連れてこられて1か月ぐらいしたときに、わたしに話をしてくれるようになりました。
しかし、最初はどうしてそんなことができるのか信じられなくて、誰にも言うことができませんでした。
やがて、友だちのようになり、お互いに自分のことを話すようになりました。そして、海底に人間が閉じこめられていることを話してくれたのです。
そのときでも、自分が助かりたいためにそんなこと言っているのではないかと疑ってしまいました。
しかし、ロープが切れて、檻が海に沈む事件がありましたが、そのときでも、一切あわてることもなく、冷静に振舞いました。
以前から、オリオンは自分が信頼されなければ話を聞いてもらえないと言っていましたが、その言動を見ても、人間以上であるとみんながわかってくれる条件が整ったと判断したので、オリオンの了解を得て、所長に伝えました」
3人の将校は頷いた。「ソフィア共和国のことは調べたが大体まちがいがないようだ」
「海底に向かった理由が不明だが、いわゆる財宝の件については当時の担当者に聞かなければならない。ただし、外国のことなので、少し時間がかかる」
その日の面接は終った。オリオンは満足したように見えたが、疲れているかもしれないので早く休ませた。
マイクとジョンは、オリオンの言っていることが事実であれば、同盟国がすぐに動いてくれるだろう。それに、今の技術ならそこがどこにあるかもすぐにわかるだろうと話しあった。
ただ、明日も面接があるようだが、これが続けば、本当にオリオンは精神的にまいってしまうかもしれないから、所長にそのことは言っておくべきだと決めた。
翌日、マイクが出勤すると、スタッフが慌ただしい空気に包まれていた。
「何かあったの!」と大声でに聞くと、「たいへんなことが起きた。同盟国の船とチャイアの船が大西洋で交戦をはじめたようだ」と誰がが叫んだ。「いつ?」、「今だ。今一報が入ってきた。詳しいことはわからない!」
このセンターは元々海洋や海洋生物を研究する施設だが、クラーケンが生物兵器なのではないかという疑念から、海軍の関係者が派遣されているので、軍事関係のこともすぐに連絡が来るのだ。
「戦争か」遅れて出勤してきたジョンは事態を聞きマイクに聞いた。「偶発的なことで終わればいいが、アフリカの資源権益の攻防ではどちらも一歩も譲らないからなあ」マイクも頃場を濁した。
「オリオンのことが止ってしまうのではないか心配だ」二人は所長室に行った。
「今クリフと連絡を取ろうとしたが、電話に出ないんだ。多分状況が逼迫しているからだろう。
きみらの心配はわかる。どちらもプライドがあるから、そう簡単には引かないだろうが、また、どちらもレアメタルを探している。
こんなことを言うのは酷だが、海底にいる人間はともかく、オリオンが言っていた鉱石は確認したいはずだ。だから、調査は何が起きても続けるだろうと思う」
二人は複雑な気持ちになったが、オリオンのおかげで海底にいる人間を助けることができれば、オリオンを海に戻るすことに多くの者が同意してくれるはずだと思った。