シーラじいさん見聞録

   

みんな心配そうに聞いていた。泣き声が聞こえてきた。ベラだ。体を震わせて泣いていた。リゲルが、みんなの気持ちを代弁するかのように、「助かってくれよ」と叫んだ。「でも、どうしてそんなことをするんだ!」誰かが聞いた。
「海に戻りたかったのじゃろ」シーラじいさんが答えた
「近くにいれば助けてやれたのに!」リゲルは歯がゆかった。
シーラじいさんは、それもみんなの気持ちだとわかったので、もう一度イギリス海峡の様子を話した。「あの様子ならおまえたちが狙われてしまう」
「それなら、オリオンはどうしてそんなことをされたのでしょうか?」リゲルが食いさがった。
「オリオンの能力を調べるためか、あるいは仲間をおびきよせるためじゃろ」
「仲間をおびきよせるため!オリオンはクラーケンと思われているのでしょうか?」
「何とも言えないな」
「すぐに引きかしたとなると、また海に連れだされる可能性がありますね」
「そうじゃろな。けがををさせない方策も考えるはずじゃ。ただ、オリオンがどのくらいのけがをしているかはわからないが」
「シーラじいさんは、平穏なイギリス海峡は逆に危険だと言われましたが、とにかく近くまで行っておかなければすぐに助けられません」
「そうだ。おれがいれば助けられたのに!」ミラも悔しそうだった。
シーラじいさんは何も答えなかった。
「それじゃ、ぼくが様子を見てきます」その声はペルセウスだった。
「それがいい。ペルセウスなら、オリオンがいる研究所の近くまで行ける。
他の者は、目立たないように一人ずつ待機する。そして、何かあれば。カモメが次々連絡してくれれば。すぐに駆けつけることができるじゃないか」
「そして、ぼくがロープを引きちぎって、檻ごとオリオンを助ける!」ミラも、リゲルの作戦に賛同した。
「わしも行こう」シーラじいさんも言った。
「いや、何が起きるかわかりませんから、シーラじいさんはここにいて、指示を出してください」
リゲルが考えた作戦はすぐに決行された。まずペルセウスが出発した。残りの者は、カモメからの情報を分析してから配置を決めることにした。

アントニスとダニエルは、ミセス・ジャイロたちに連絡をした後、カモメがいつ来るかもしれないので、昼夜交代で起きていることにした。しかし、3日立っても何の連絡もなかった。
4日目の朝、ペルセウスは、起きてきたダニエルに、「頼みがある」と声をかけた。
「何でも言ってくれ」ダニエルもすぐに答えた。
「ありがとう。ぼくは、あの研究所の中に入って様子を探ろうと思う」と言った。
ダニエルは驚いた。
「仕事は何でもいいが、清掃の仕事なら、うろついても怪しまれないはずだ。それで、イリアスを見ておいてくれないか」
「そんなことができるだろうか」
「シーラじいさんは、すでにリゲルたちと会っているだろうが、今の状態では、こちらに来ることは危険だと話しているはずだ。
オリオンの様子は不明だが、もう一度、オリオンが海に来たときが助けるチャンスだ。
ぼくらが動いているということがわかったら、シーラじいさんたちはどんなに心強いだろうかと思うんだ。あせらずに作戦を練ることができる」
「確かにそうだな。でも、きみは一度忍びこんで捕まっているんだろう?」
「そのときは、カモメが窓を割り、ロープを投げこんでくれたので助かった。
しかも、ぼくは画家で、絵を描く場所を探しているときに、塀の中に落ちたと言ったから、大したことじゃないと思っているはずだ。しかも、ギリシャのことだから」
バイエルはうなずいていたが、「「アントニス、きみはイリアスといてくれ。カモメもきみじゃないと困るだろう」
「えっ」今度はアントニスが驚いた。
「ぼくがやるよ。こんなことを言っては申しわけないが、きみはギリシャ人だから、そう簡単に仕事が見つかるとは思えない。ぼくのほうが見つけやすいだろう」
「そうか。きみがやってくれるか」
「やるよ」

オリオンは、早くみんなが待っている場所へ行かなければと思い、ぐっと力を入れた。
しかし、思うように力が入らない。
急がなければ、ニンゲンが追いかけてくるぞ。ヘリコプターの音がだんだん大きくなる。オリオンは様子を見ようと目を開けた。うっすらと明かりが見えた。もう朝なのか。
そのとき、「オリオン、気がついたかね」という声が聞こえた。
えっ、オリオンは声のほうを見た。ニンゲンが笑顔でこちらを見ていた。マイクという医者だ。一番ぼくを心配してくれている。でもどうしてここにいるのだ。
「オリオン、きみは、シーラじいさんと言っていたぞ。仲間なのか」
マイクは、返事をしなくても、いつも優しく言葉をかけてくれる。
「シーラじいさんはぼくを助けてくれた人です」オリオンは英語で答えた。
マイクも、自然に「そうだったのか。自分のじいさんかい?」と聞いた。
「いや、ぼくのじいさんではないです。いつも深い場所にいるのに、ぼくらのために、ここまで来てくれています」
「なるほど。ところで、きみはかなりけがをしている」
「それで動けないのか」
「そうだ。今無理をすれば泳げなくなるぞ。もう少し我慢してくれ」
マイクは、それ以上は聞かず、オリオンに眠るように言った。

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