シーラじいさん見聞録

   

「何かあったの!」イリアスは、いつでも出かけられるために用意しているカバンを肩にかけながら聞いた。
アントニスも、戸締りをしながら、「前に言ったが、オリオンが海で助けたジムの奥さんが、アレクシオスの新聞社に来るそうだ。ぜひ、おまえに会いたいと言っているそうだから、急いで行こう」
「わかった」二人はバスステーションまで走った。
バスを待つ間、「オリオンは、海の仲間でもニンゲンでも、誰かが困っていたら、助けたくなるんだね」とイリアスが言った。
「そうだ。それで、今オリオンが困っているから、みんなが助けようとしているんだ。海の仲間でも、ニンゲンでも」
「どうしてジムは来ないの?」
「何か理由があるようだ。でも、ジムはおまえの童話を読んで、オリオンを早く助けたくて居ても立ってもいられなくなったようだ。
アレクシオスから聞いたけど、世界中から、おまえに会いたいという連絡が来るけど、みんな断っているんだって。
おまえがオリオンに助けられた場所がわかったら、そこへ行く連中がクラーケンの犠牲になるかもしれないからね。
さらに、大騒ぎになれば、海洋研究所のニンゲンが、オリオンをどこかに隠すかもしれない。それでなくても、どこかに連れて行くという情報もあるからな」
「みんなでやれば、オリオンを取りもどせるよ」
「ぼくもそう思う。ただ、うまくやらないとな」
夕方、新聞社についた。すぐに応接間をノックすると、アレクシオスと編集長、童話を出した出版社の社長。そして、小柄な女性がこちらを見た。
アントニスとイリアスは、その女性の前に行って、挨拶をしようとしたとき、その女性は立ちあがって、「アントニスとイリアスね。わたしはミス・ジャイロ。今は、ミセス・ジャイロです。アイリーンというのがほんとの名前ですが、ジャイロと呼んでくださいね」
ミセス・ジャイロは、やさしい笑顔で言った。2人はそれぞれ自己紹介した。
握手をしながら、「イリアスの話はとても感動的でした。ジムは泣きながらオリオンのことを心配していました。
でも、ジムは、事情があってここに来ることができません。あなたたち2人にはよく礼を言うようにと言付かってきました。ありがとう」
2人はうなずいた。
「今お聞きしましたが、オリオンと連絡がつくようになったそうですね?」ミセス・ジャイロは、また聞いてきた。
「はい、そうです。そのことをお話しします」
アントニスは、椅子にすわり、アレクシオスたちに、同じように囚われているイルカが、カモメに、「オリオン、レター」とささやいたことを話した。
「すごいなあ。オリオンが考えたのだろうか?」アレクシオスは、そのことを知っていたが、あらためて驚いた。
「そうだと思う。オリオンほど知恵と勇気をもっているものはいない」アントニスが答えると、他のものもしゃべりだした。
「人間以上だ」
「これをイリアスが書けば、またベストセラーまちがいないぞ」
「そんなことをすれば、研究所の人間にわかってしまうじゃないか」
「オリオンって、ジムが言っていた以上の存在なのですね」
「そうですよ。オリオンと話をすれば、ニンゲンが一番進化した動物だということが疑わしくなってきますよ。
いつも自分のことより、相手のことを一番に考えている。今は海底のニンゲン・・・」
アントニスはあわてて口を押えた。これを知っているのはアレクシオスだけだから、今は、このことを話すべきではないと考えたのだ。
「海底のニンゲン?」ミセス・ジャイロがすかさず聞いた。
「いや、例えば、海底にニンゲンがいてもと言いたかっただけです」アントニスは早口で打ち消した。
「ミセス・ジャイロ、ジムはいつごろ来ますか?」イリアスが助け船を出した。
「みんな、オリオンを助けたいという思いで結ばれていることがわかったので、正直に言います」ミセス・ジャイロは、みんなを見た。
「わたしもジムも、ある犯罪組織にいました。ある国家秘密を盗みだす計画を立てジムを含めて、3人が実行しました。
うまく盗みだすことができ、船で逃走しているとき、ジムが口封じに殺されることに気づき、国家秘密を書いた書類を持って逃げようとしたのです。何を隠そう、オリオンが、2人の男の話を聞いて、ジムに教えてくれたのです。
それからは、ジムが手紙に書いているといるとおりで、オリオンがいなかったら、ジムはまちがいなく殺されています。
今、ジムは、組織と警察からの両方から追われているのです。
いつかは、ジムも、わたしも、警察に連絡をしなければと思っているのですが、政府は、その国家秘密が盗まれたことを国民に隠しているのです。
つまり、警察に連絡をしても、政府に殺されるかもしれないと、ジムは疑っているのです。いずれにしても、今、そんなことをすれば、オリオンを助けることはできないのは明らかです。
オリオンが無事に海に戻ってから、今後どうするべきか、2人で考えます」
「国家秘密って何ですか?」イリアスが聞いた。
「いずれ、お話をするときが来ます。
ただ、こんなことを言えば、信用されなくて、みなさんの仲間に入れなくなるかもしれないから、あまり言うなとジムは言っていました」
「そんなことはないですよ。ぼくらオリオンに助けられたものは、同じ気持ちをもっているのですから」アントニスが言った。

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