シーラじいさん見聞録

   

しかし、カモメはベラにもたれかかったままで動こうとしない。
ベラはカモメが死ぬかもしれないと不安になって、カモメの体を揺すりながら、「おじさん、おじさん!」と声をかけつづけた。
やがて、「うーん」と言ったかと思うと、薄目を開けた。それに気づいたベラは、「おじさん、わたしよ、ベラよ」と大きな声を上げた。
「ベラ、ありがとう。おまえのおかげで助かったようだ」
「何を言っているのよ。わたしのために、わざとゆっくり話してくれたから、疲れたのよ」
「いやいや、昔はいくらでも覚えて、自在に話すことができたが、今はこれが精一杯だよ。
ところで、シーラじいさんから覚えている言葉だったか?」
「そう。英語よ。そして、完璧だったわ」
「それで、何かわかったのかい?」
「ええ、どうもオリオンがヨーロッパに連れていかれるようよ」
「ヨーロッパ、どこにある?」
「シーラじいさんから聞いたけど、ここもヨーロッパだけど、その中心は、イギリスとかフランスという国で、ずっと遠くにあるのよ」
「オリオンから聞いたようだ。そこを越せば、目的の国があるとか言っていたな。
でも、どうしてそこに連れていくのだろう?」
「それは話していなかったけど、オリオンをもっと調べるためかもしれないわ」
「おれは、もっと情報があると思ったが」
「ほとんど2人のプライベートのことよ。2人は友だち同士で、久しぶりに会ったようよ。1人には、奥さんと子供が3人いて、もう1人は離婚しているみたい」
「離婚?」
「奥さんと別れて暮らしているのよ」
「おれもそうだ」
「そうじゃなくて、奥さんと別れて別の人と仲よくなることよ」
「ニンゲンは、そんなことをするのか!」
「らしいわ」
「シーラじいさんは、毎年増えているようじゃと言っていたわ」
「どうしてそんなことをするのかな。ベラのほうも、わしのほうも、一度結ばれたら、そんなとはしないのになあ。ニンゲンというのは辛抱が足らないのか、あるいは、選ぶのが下手なのか」
「シーラじいさんに聞いておきます。おじさんは、奥様が恋しくないですか?」
「一緒にいるときは、一人でゆっくりしたいと思ったことがあったよ。おまえさんも知ってのとおり、女のくせに正義感が強く、こうと思ったら、どんどん前に行くので疲れるからな。
でも、今は、女房だったら、どうするだろうかと考えることがある、情けないが」
「そんなことはないですよ。おじさんが、自分の仲間を束ねてくれるので、みんな助かっています」
「それなら、うれしいが。とにかく、オリオンを助けなくては、女房に顔見せができない」
「ヨーロッパに連れていかれることがわかったので、これから、どうするかシーラじいさんに聞いてきます」
「そうだな。おれも、仲間と相談する。しかし、まだミラやリゲル、ペルセウスは帰ってきていないんだろう?」
「そうなの。でも、2人のニンゲンの話しぶりはのんびりしているようだから、このあたりでクラーケンが暴れるようなことは起こっていないようね。3人は、そろそろ帰ってくるかもしれないわ」
「それならいいが。それじゃ、ベラも気をつけるんだよ」
「おじさんも」2人はそれぞれ自分の目的地に向かった。
ベラは、今の話をシーラじいさんに伝えた。
「話ぶりからして、どうも海軍の若手幹部のようじゃな」
「オリオンが連れていかれるのでしょうか?」
「カモメの報告を待つしかないな」
「でも、飛行機で運ばれたら、カモメでも追いかけるのは無理でしょうね」
シーラじいさんは黙ってうなずいた。「わしも、リゲルたちがもう帰ってくると思うが、それを待とう」
オリオンは、少し年上のイルカとよく話をするようになっていた。
そのイルカは、他のイルカがそうであるように、連れてこられたときに怯えたり、泣いたりすることもなく、冷静に自分のおかれた状況を観察しているようだった。
あるとき、年少のイルカが来たとき、激しく暴れたり、泣きさけんだりした。2人は、同時にそのイルカに近づき、慰めたことがあった。
それ以来、年少のイルカは、2人から離れようとしないので、自然と話すようになった。
「ぼくらを捕まえるのは、大抵、見世物にするためだ。しかし、ここの様子を見ていると、どうもちがうようだ」
オリオンはうなずいた。
「ひょっとして、ニンゲンを襲う連中がいるからだろうか考えていた」
「そうだと思う」オリオンは言った。
「それじゃ、いったいどうするつもりだろう?」
「体に発信器をというものをつけて、クラーケンがどう動くかを調べると聞いている」
「きみはすごいね。何でも知っている」オリオンは、なぜ自分がここにいるかを話した。
「すばらしいことじゃないか。ぼくらの仲間も大勢帰ってこなかった」
「きみは、どうしてここへ?」
「あれ以来、みんな怖がって、おれのまわりに集まるようになった。
しかし、自分たちを襲うようなものじゃないとわかると、ニンゲンは、おれたちを捕まえにきた。
執拗に追いかけまわすので、おれは船にぶつかっていった。気がつくと、ここにいたというわけさ」

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