シーラじいさん見聞録

   

「催涙弾を撃たれたのだな」
「催涙弾?」
「生け捕りするための武器だ」
「なるほど、それでか。てっきり、生きていたのは運がよかったと思っていたが、わざと殺されなかったというわけか。
でも、きみに会えたことは運に恵まれているようだ。今後ともよろしくな」
「こちらこそよろしく」
「さて、これから考えることは、ここをどう逃げるかだな」
オリオンは、子供のイルカをどう逃がしたかを話した。
「それはうまく考えだな。でも、その手はもう使えないな。ところで、きみはなぜ彼を逃がそうとしたのだ?」
「まだ子供で、親元に帰してやりたいということもあるが、ぼくの仲間に会ってほしかった」
「きみの仲間は、きみがここにいることを知っているのか!」
「知っている」そして、オリオンは、何日もかけて、自分が何者で、どうしてここにいるかを説明し、そのイルカの質問に答えた。
今はオリオンのストレスがたまらないようにするためか、週に2,3日、しかも、1時間程度の調査になっていたので、時間があったのだ。
「仲間が外にいるということは、両面から作戦を遂行できるな」
「でも、ぼくは、状況によっては、ぼくのことを考えずに先を急ぐように言づけした。
彼が、ちゃんとシーラじいさんたちに会えれば」
「そうだったな。それなら、これはどうだ?おれの聞いた話では、ここにいるもので、外のプールに連れていかれるものがいるようだ。
それを仲間にして、きみのカモメと連絡を取らせるようにすればいいじゃないか」
「あっ!」オリオンは、思わず叫んだ。
「そうだろう?シーラじいさん、アントニス、カモメと手紙を渡していくのだ。最後には、きみのところに来る」
「でも、うまくいくだろうか」
「やってみなければわからないよ」
オリオンはうなずいた。
「このままなら、きみが言っていたように変な機械を入れられて、ニンゲンの思うようになってしまう。必ず方法はあるよ」
「そうだった。ぼくも絶対あきらめないよ」
「それと、ニンゲンの言葉をしゃべることを利用するのだ」
オリオンが怪訝な顔をしたので、そのイルカは得意そうにうなずいた。
「ニンゲンが、きみをここに閉じこめているのは、ニンゲンの言葉をしゃべるかもしれないと思っているからだろう?
しかし、このままずっとしゃべらなかったら、やはりしゃべらないのかとなって、きみは、他のイルカと同じように、体に機械を入れられてしまうかもしれない。
どんな言葉でも、少ししゃべってやればいいのだ。すると、手荒な真似をされないだろうし、そのうち状況も変わるかもしれない。
ニンゲンを助けたいのに、ニンゲンから苦しめられるきみを何とか助けたいと思っているんだ。
しかし、これは、あくまでおれの考えだから、参考にしてくれればいい」
「ありがとう。もうだめかもしれないと思うことがあったけど、きみと話をすると、勇気がわいてきた」
「おれのほうもお礼を言いたい。イルカがニンゲンの言葉をしゃべるなんて聞いたことがない。
不可能だと思っていては、そこで終わってしまう。まずやってみる勇気が大事だとわかった。
もし、おれが、機械を入れられ、ニンゲンの命令で動くようになっても、頭のどこかに、おれの仲間が待っているという意識を残しておく。そうしたら、それが、ぼくを絶望から救ってくれるかもしれないからな」
カモメが、アントニスの家に手紙を持ってきた。アレクシオスからだ。
「ジムから手紙が来た。送ろうか、それとも、カモメの配達人に渡そうか」
「カモメのほうが早くて安全だ」アントニスは、返事を渡した。
2時間後ジムの手紙が届いた。
「アントニス様
ああ、シーラじいさん!その名前は、オリオンから何回も聞きました。会わせてやると言ってくれていたのに、それは叶いませんでした。
シーラじいさんからお聞きだと思いますが、ぼくが乗っていた船は、突然持ちあがったかと思うと、そのままひっくりかえったのです。その衝撃で、閉じこめられていた部屋のドアが開いたので、あわてて甲板に出ました。
しかし、船は斜めになり、沈没しそうになっていました。そのとき、オリオンが網に入れられていることを思いだしましたので、船尾に行きました。
オリオンが必死で逃げようとしているのが見えたので、ぼくは飛びこみ、近くにあっもので網を切り、外に出すことができました。
そして、オリオンに掴まり、急いでそこを離れました。船はすぐに沈んでいきました。
それから、オリオンが、板切れを集めてきてくれたので、筏を作りました。
オリオンが、何日も押してくれたので、ようやく航海をしている船に救助されたのです。
オリオンは、その間、いろんなこと話して、ぼくを励ましてくれたのに、ぼくは、助けだされたとたん、オリオンのことをすっかり忘れてしまいました。
いや、その間のことがほんとにあったことかどうかわからなくなってしまったのです。
しかし、数年して、あれは現実のことであり、オリオンがいなかったら自分は助かっていないと思えるようになりました。
その後、オリオンと航海をしている夢を見るようになりました。
そんなときに、オリオンの物語を読んだのです(本屋に行ったのは生まれてはじめてでした)。
今度は、ぼくが、オリオンを助ける番です。ただ、ぼくは、事情があって、イギリスを出られません。
しかし、妻は、ぼくの気持ちを理解してくれていて、いつでもあなたに会いにいくと言ってくれています。どうかご連絡ください。

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