シーラじいさん見聞録
アントニスは何回も読みかえした。
これが本当なら、オリオンは、今までもニンゲンを助けるためにどんな苦労も厭わなかったようだ。
ぼくが知っているだけでも、イリアスを助け、海底にいるニンゲンを助けようとしている。それなのに、そのニンゲンにとらえられ、苦しんでいる・・・。アントニスは、オリオンの姿を思いだして、涙が止まらなくなった。
何事が起きたのかと心配そうにしていたイリアスに手紙の内容を話した。
じっと聞いていたイリアスは、「オリオンは、困っているものを見ると助けたくなるんだ。ぼくらも、早くオリオンを助けようよ」と言った。
アントニスは、「お前の言うとおりだ。みんなでやれば、絶対できる」とイリアスを抱きしめた。
その手紙に、「童話を出した出版社にこんなものが来ています。一度読んでください」と書きそえた、それをビニールの袋に入れて、待っていてくれたカモメに、シーラじいさんに渡すように頼んだ。
その夜遅く、家の窓をコツコツと叩く音がした。ソファにいたアントニスは、すぐに窓を開けた。案の定、カモメが手紙をくわえていた。
「ありがとう。今日は疲れただろう。気をつけて帰るのだよ」アントニスは、カモメを慰めてから、あわてて手紙を開けた。
新聞や雑誌の字を破って、「明日の朝、いつもの場所で」とあった。
アントニスは、シーラじいさんが、すでに、海洋研究所近くからここをめざしているのだと思うとベッドで休もうという気にならなかった。
5時には、イリアスを起こして、2人で家を出た。
岸辺に隠していたボートに乗って沖に向かった。山のほうから霧が押しよせてきた。
まわりは全く見えなくなってきた。急げば急ぐほど、沖に向かっているのか、岸に戻ろうとしているのかさえわからなくなった。
難渋していると、霧の中で甲高い声が聞こえた。アントニスとイリアスも、オーイと叫びつづけた。
ようやくその声はすぐ近くで聞こえるようになった。「あっ、シリウスじゃないか!」アントニスは叫んだ。
シリウスは、「よかった。ぼくについてきてください」というように、やさしい声で鳴いた。
やがて、ベラが待っていた。
「ベラ、ありがとう。焦れば焦るほど、方向がわからなくなって」アントニスは、ほっとしたように言った。
「アントニス、イリアス、おはようございます。シーラじいさんは、こんな日に来るように言ったことを後悔しています。申しわけありません」ベラは、きれいな英語で答えた。
やがて、霧の中にあちこちに黒いものが見えてきた。仲間のイルカやシャチもいるのだ。
「アントニス、イリアス、大丈夫だったか。カモメに言って、日を変えたほうがよかったな」シーラじいさんの声が聞こえた。
「いや、とんでもない。手紙のことで、早くお会いしたかったです」
「ジムを助けたときもこんな日が続いていたな」
「それじゃ、手紙のことは本当なんですね」
「手紙のとおりじゃ。確かジムは、何かが隠してある場所の地図を仲間とともに奪ったようじゃ。
しかし、船で逃げるときに、仲間割れでジムは殺されようとしていた。オリオンは、それを聞いて、ジムを助けようとしたのじゃ。
しかし、ジムは船室に閉じこめられ、また、オリオンが英語をしゃべるのを知った仲間がオリオンを捕まえた。
そして、オリオンを売ろうとしたのか、ロープで引っぱられた。
しばらく進むと、船は空中に放りなげられた。2人のニンゲンは海に叩きつけられて死んだが、ジムは、船室にいたので助かったのじゃ」
「何があったのですか。そして、オリオンは?」
「大きなクジラが船底を持ちあげたのじゃ。オリオンは意識がなかったが、そのクジラが、オリオンを海の底に連れていった。
最初、大きな音を聞いたので急いで行ったが、霧が深くて何も見えない。
2人のニンゲンが死んでいるのを見つけたが、オリオンがいない。わしは、自分の命はいらないから、オリオンを助けてほしいと神に祈りながら、探しつづけた。
霧が少し晴れたとき白いウミヘビがあらわれ、『おまえさんが探しているのは、子供のイルカだね』と聞いてきた。
『そうじゃ』と答えると、『わしについて来い』と言うので、そのままついていった。
ウミヘビはどんどん潜っていった。こんなに深くてはオリオンは息ができない。ひょっとしてと不安になっていると、ウミヘビは、岩の陰から中に入った。そこは、『海の中の海』という場所じゃった」
「海の中の海?」
「海の中に、また別の海があるのじゃ。海の上には気持ちのいい風が吹いていて、イルカやシャチは、外に行かずとも腹いっぱい空気を吸うことができる。
また、争いでもしているものが、偶然そこに逃げこむと、いつのまにかおだやかな気持ちになり、争う気持ちがなくなる不思議な場所じゃ。
誰でも、しばらくはいることができるが、気持ちが収まれば出ていかなくてはならない。そうしないと、『海の中の海』が生き物であふれかえるので、新しいものが入ることができない。意識がないオリオンは、そこで手当てを受けていた。
また、オリオンを助けたクジラは、そこのボスで、ミラの父親でもある」
霧は、まだ十分晴れていなかったが、太陽が昇ったためか明るくなった。
「オリオンは、そこで回復したのですね」アントニスの質問は続いた。