シーラじいさん見聞録
「じゃ、来てくれないか」オリオンが言うと、2人は顔を見合わせ、うなずいた。
オリオンは、「シーラじいさん、それじゃ行きます」と言って、スエズ運河を戻りはじめた。みんなも、それに続いたが、スエズ運河の狭さに驚いたようだ。
30分ほど行くと、オリオンは、「リゲル」と小さな声で言った。
ベラは、その声に気づいたようで、眼を閉じていたリゲルに言って、オリオンのほうに来た。
そして、オリオンを認めると急いだ。そして、「どうだったの?」と近づいた。
オリオンは、「シーラじいさんが来てくれたよ」と言うと、ベラは、眼を見開いた。
そして、シーラじいさんを見つけると、「シーラじいさん、何もなかったですか」とかけよった。
「この二人が守ってくれたので、大丈夫じゃったよ」シーラじいさんは、後ろを顔でさした。ベラは、シーラじいさんの後を見た。
「あっ、どうしてここへ?」ベラは、2人がすぐにわかったようだ。
「あのときのお礼をしたくなったのです。リゲルはどうしていますか」と兄のほうが言った。
「ああ、向こうで休んでいますが、まだ少し痺れが残っているようです」
「ぼくらに、リゲルの世話をさせてください」弟のほうが言った。
「それじゃ、行こう」オリオンはリゲルのほうに向かった。
ベラはうなずいて、リゲルがいるほうに戻った。リゲルは、左隅の少し窪みがあるほうにいた。
「リゲル、シーラじいさんが来てくれたぞ」オリオンは声をかけた。
リゲルは、まだ眼を閉じていたが、その声で目を開けて、ゆっくり振りかえった。「ああ、シーラじいさん」リゲルはうれしそうに言った。
「リゲル、話は聞いた。どうじゃ、体は?」シーラじいさんが、リゲルに近づいた。
「はい、もう大丈夫です。そろそろミラを追いかけようと思います」
「そうしようか。幸い助っ人もいるのでな」
「えっ?」リゲルは意味が分からないようだった。
シャチの兄弟は、リゲルのそばに行った。「以前、助けていただいたものです。今度は、きみの世話をします」
「ああ、お願いする。ベラが助かるよ」リゲルが答えた。
その時、カモメと連絡を取りあっていたシリウスが戻ってきて、新たな状況を報告した。
「ミラたちは、広い場所に着きました。そこで、カモメからの報告を判断して、一気にスエズ運河を越す予定です。
また、シーラじいさんたちが来たことを伝えるように言いました。
背後では、クラーケンたちが紅海に入ろうとするのを、ニンゲンは、グンカンやヘリコプターを使って懸命に阻止しようとしています。
夥しい死体の数が海に浮いているそうです。まさに赤い海になっているとのことです。
しかし、クラーケンたちは怯(ひる)むことなく、前に前にと向かっています。
先頭には、今まで見たことのないようなサメがいるそうです」シリウスは緊張して話した。情報を漏らさず伝えなければならないと思ったのであろう。
「あいつらか!」リゲルが興奮して言った。
「今は、紅海で追いかえそうとしているが、万が一に備えて、地中海には厳しい監視体制が築かれているじゃろ」シーラじいさんが言った。
「それじゃ、急ぎましょうか」オリオンも答えた。
リゲルが少し体を上げると、兄のほうが、その下に入った。そして、リゲルの体を持ちあげた。
オリオンを先頭に、経過しながらゆっくり進んだ。
シーラじいさんが言ったように、前には防御装置がさらに増えるだろうし、後ろにはクラーケンたちが迫ってくるかもしれないので急がなくてならないは事実だ。リゲルも、そのことがよくわかっているので、オリオンが少し休もうかと言っても断わった。
シリウスが、またカモメからの情報を報告した。
「出口のほうにはヘリコプターやグンカンなどが増えているとのことです。
また、ペルセウスが、出口付近を前もって調べたのですが、全体にロープのようなものが張りめぐらされていて、そこには、びっしりと丸いものが結びつけられているそうです。
初めて見るものだが、シーラじいさんに、これは何か聞いてほしいと言っています」
シーラじいさんは、じっと考えていたが、「ひょっとして、それは機雷かも知れぬ。それに触れると爆発するから、絶対近づくなと言ってくれないか」シーラじいさんは、あわてて言った。シリウスは、空で待っているカモメに伝えるために急いだ。
「機雷は、ニンゲン同士の戦争のとき、敵のグンカンやセンスイカンが近づかないようにするために、自国の港などに使うものじゃ。
それを、クラーケンと言えども、海のものにも使うことは聞いたことがない」シーラじいさんが言った。
「ニンゲンは、そんなものまで使うのか」リゲルも顔をゆがめた。
「ミラには、何かあれば、そこで待っているようには言っていますが」オリオンも心配そうに言った。
ミラとペルセウスは、カモメから、シーラじいさんの説明を聞いた。
ミラは、これはたいへんなことになった、クラーケンたちが迫ってくれば、みんなどうなのかと不安になった。
そして、何とかする方法はないものかと考えこんでいたが、ようやく、「ペルセウス、協力してくれ」と言った。
「なんでもするよ」ペルセウスも、そのことを考えていたので、二つ返事で答えた。
「よし、暗くなったら、出口に行こう」
「了解」
2人は、ゆっくりとスエズ運河の出口に近づいた。夜になっても、ヘリコプターの音がする。警戒が激しくなっているようだ。
ペルセウスは、さらに近づくと、「あれだ」と言った。