シーラじいさん見聞録
「わしはかまわぬ。息子たちにも言っておく。しかし、あの音は耳障りで、奥にいるものが気づいて出てくるかも知れぬ。
ここに横たわっているセンスイカンも、わしは入れないようにだけしようとしたのだが、奥から来たものが襲いはじめた。それで、仕方なしに体当たりをしたら、このようなことになった。言い訳をするつもりはないが」
「わかりました。手紙を渡したらすぐに帰ってきます。そして、誰もいないことを確認してから、センスイカンに入るように言います」
「そうしてくれ」怪物は引きこんだ。
オリオンたちは、第一の穴に向かい、そこで止まった。
「待っていたよ」すぐに大きな声が聞こえた。ハオリムシの子供だ。
「いつも声をかけずに出入りしてごめん」オリオンが答えた。
「そんなこと気にしなくていいよ。波の高さで、様子がわかるよ。何かあったなと、みんなで言っていたんだ。
ぼくは、シーラじいさんに報告をしたり、指示を仰いでいるなと思っていた」
「図星だよ」オリオンは感心した。「何が起きたのだい?」子供が聞いた。オリオンは、怪物に話したことをもう一度言った。
「そいつはすごいな。大きな手がかりが、おれたちの足元にあったんだな」
「そうなんだ。ニンゲンを救うのがたいへんだけど」
「それにしても、世界は複雑だな。気をつけて行ってくれ。おれたちも、しっかり留守番をしておくよ」
「ありがとう」
オリオンたちは、シーラじいさんがいる場所に向かった。すべてを話して、ニンゲンが書いた手紙を見せた。
シーラじいさんは、ビニールで被われた手紙を読んだ。そして、おまえたちも内容を知っておくほうがいいだろうと、声に出して読んだ。
「私たちは、ソフィア共和国の科学者です。現在生存しているのは10人です。
モルディブから南西2000キロの海底下にいます。
1997年11月27日、ここにある鉱物の調査をしていたとき、海底にいる怪物に潜水艦を破壊され、ここに閉じこめられました。
ここには、地上と同じ空気があり、今まで生きてきました。それから、4,5年たちましたが、今、西暦何年かは定かではありません。
詳細は、この手紙を渡したイルカに聞いてください。英語がわかります。
多くの者が亡くなり、私たちも、いつ死ぬかわからない状況です。至急助けてください。
世界は混乱していると聞きます。その原因は私たちにあるように思います。
私たちは、混乱を沈めることができます。一刻も早くお願いします。
ソフィア共和国 イーゴリ・イワノフ ヤロスラフ・アンドレーエフ
ニコライ・トーカレフ ドミートリー・アダモフ
イリヤ・ミハーイロフ グレゴリー・ミハーイロフ
アレクセイ・ギンフスキー ヒュードル・ギンフスキー
アレクサンドル・ドルゴルーキー ユーリー・バツィン」
シーラじいさんは少し黙ってから、また話しはじめた。
「ニンゲンはこの手紙を読んで、ほんとかうそか考えるだろうが、たとえソフィア共和国がなくなっていても、当時の調査や行方不明の科学者を調べていけば、真偽はわかるじゃろ」
オリオンは体が震えた。何か途方もないことが起きようとしているのを感じたのだ。
ニンゲンたちが、ぼくらを見送ったときの顔が浮かぶ。ほんとに命が救えるのか・・・。
「それじゃ、すぐに行こう」リゲルの声が聞こえた。
目を開けると、シーラじいさんがみんなを制しているのが見えた。
「最初に言っておくが、最近の状況がわからんので、安易に船に近づくな。また、当分の間はいつでも帰れる範囲を探すようにする」
みんなは深くうなずいた。そして、北に向かった。100キロ近くまで行ってから、シーラじいさんを待った。
シーラじいさんが来ると、そこを基点にして、様子を見ることにした。しかし、海は静かで、気持ちのいい風が吹きわたっているだけだった。
しばらく様子を見ると、左右に基点を移した。ミラがまず広い場所を見てまわるようにした。
「大きな船を見つけ、様子を見ましたが、どうも無理のようです。オリオンが近づくことはできない。しかも、船のまわりには、数隻の小型の船がいることもあります」
また、「ぼくを見つけると、小型の船が向ってくることもあります」という報告を持ちかえった。
「シーラじいさんはどう思われますか」リゲルが聞いた。
「事態は変わっていないようじゃな。むしろ悪くなっているかも知れんぞ。タンカーなどに護衛がつくということはないはずじゃ」
それなら、もう少し北に向かうべきかという話をしているとき、「おまえたちも行くのか」と声が聞こえた。
リゲルやベラと同じシャチだった。背後には、別のシャチやイルカもいた。遠くにはクジラもいるようだ。
「どこへ?」リゲルが聞いた。
「襲撃だよ」
「誰を?」
「もちろんニンゲンだ」
「おまえたちはそんなことをしているのか」
「おれたちだけじゃない。海のもの全員だ。今こそニンゲンを絶滅させるときだ。空を飛ぶものもニンゲンを攻撃している」
「どうしてそんなことをしているのだ?」リゲルは、やはりという思いで聞いた。
「ニンゲンさえいなくなれば、われわれは平和に暮らせるのだ」
「そんなことはない!」リゲルが叫んだ。