シーラじいさん見聞録
オリオンたちは、思わず身を乗りだした。
ウミヘビのばばあは、鎌首を回して一人一人を見てから続けた。
「神は、海というものを思いついて有頂天になった。
これなら、自分が作る生命が立派に育つ。しかも、ありとあらゆる形をした生命、小さいのやら、大きいのやら、強いのやら、大きいのやらも、自由に生きることができるのだと。
もうそろそろ生命を作るろうと考えているとき、自分の失敗に気づいた」
オリオンたちはぐっと息を呑んだ。
「今は、自分の両手で海を支えているが、手を離すと、海は宇宙にこぼれて、生命もなくなってしまうことを。
これは困った。それで、まだ生命を作っていないうちに、最初に作った海を諦めて、海の入れものを作ることにした」
ウミヘビのばばあは、またゆっくり見回してから、「それが陸じゃ」と言った。
「そして、もう一度海を作ることにした。会心の海ができたことを確認して、その中に生命の種をばらまいたのじゃ。
これがわしらの祖先で、種類がちがうのは、ただ、種がちがうだけで、同じものじゃ。
そのうち、海と陸までが生命を持つようになった」
みんなの怪訝な顔に気づいたウミヘビのばばあは、それについても話しはじめた。
「神が愛おしく思うものは、生命を持つようになるのじゃよ。ただ、神は海を溺愛したので、陸が嫉妬するようになった。
それはそうじゃろ、親が兄弟の1人だけをかわいがると、他の兄弟はやきもちを焼くようになるものじゃ。
神は、それに気づかず、これで大丈夫と考えて、地球を離れた。
しかし、陸の嫉妬は続いた。海が寝ていようと、起きていようとも、嫉妬の発作が起きると、海を激しく揺するのじゃ。まるで、海を宇宙にほうりだすかのようにな。
海も、最初は我慢をしていたけど、あまりにひどいと、自分の感情を出すようになった。
突然、海が大きく揺れるのはそういうことなのじゃよ」
ウミヘビのばばあは、鎌首をもたげたまま黙った。
「それを教えるために、ウミヘビのばばあはこんな遠い場所まで来てくれたのですか?」リゲルが聞いた。
「そうじゃった!おまえたちが、海を出ていくような胸騒ぎがしたのじゃ。
おまえたちは海の者じゃから、そんなことをしたら、おまえたちは死ぬ。絶対そんなことをさせてはならぬと急いできたのじゃった」
「ちがいます。どちらかといえば、海の底に行くのです」リゲルは言った。
「それだ!わしの胸騒ぎは正しかった。そんなところに行くのではない。海の底は陸のはじまるじゃろ。そこには、陸の者がいる。陸ではおまえたちでもどうしようもない」
リゲルは、話を別のほうに持っていかざるをえないと思った。
「神は今どんな考えをお持ちなのですか?」
「海と陸が和解するのを長くお待ちになっているのは確かじゃ。自分が海を溺愛しすぎたということを反省されているから。
わしの考えでは、神は、この世を救うために、オリオンをお送りになったのだと思う。
いつにもまして神が近くにいることを感じていたとき、ボスが助けたのがオリオンじゃたから。神は、今オリオンやおまえたちのことを見ていらっしゃることを忘れぬな。
また、いつまでもお待ちにはならぬこともな」
「それなら、どうされるのですか?」ペルセウスが聞いた。
「多分海と陸を粉々にされる。そうなれば、わしらも生きてはいない」ウミヘビのばばあは、鎌首を弱々しく振った。
「おまえたちが陸を怒らせれば、陸もこのまま黙ってはいない。今まで以上に海を襲うようになる。そうなれば海だって・・・」
目は真っ赤に充血してきた。オリオンは、何か言おうと思ったが、ウミヘビのばばあは言葉を搾りだした。
「しかしながら、わしは、そんな終末論を取らない。神は、わしらのために、必ず何とかしてくださるとは思う。だから、毎日そう神に語りかけているのじゃ。
とにかく、おまえたちは、海と陸の小競りあいに巻きこまれるようなことは避けねばならぬ。おまえたちに、何かあれば、すべてがおわりじゃよ。
わしは出鱈目を言っているのではない。その証拠に、ここに来るまでの間、あのお方だけでなく、多くの者が助けてくれた。わしの思いがわかったのじゃ。
体が動かなくなり、死を覚悟したとき、年老いたウミガメが、自分の背中にわしを乗せてくれた。
また、獰猛なサメも、わしの話を聞き、『あなたのような人がいて、わしらも生きていける。できることはなんでもします』と言って、なにくれとなくわしの世話をしてくれた。
神は、この世の摂理として、弱い者が強い者に奉仕することをお認めになったが、大きな使命のためには、互いに協力するように望まれている。
ああ、わしの役目は終った。これ以上何を望むことがあろう。それでは、わしは帰る」
ウミヘビのばばあは、鎌首を下ろして、どこかに行こうとした。
「シーラじいさんに会ってくれませんか」リゲルはあわてて言った。
「いいや、わしには時間がない。会わなくとも、シーラじいさんはわしの思いをわかってくれるはずじゃ。わしが話したことは真実なのじゃから」
ウミヘビのばばあは、そう言うと、くねくねと動きはじめた。
それまで息を凝らして聞いていたカモメは、「わたしがお供します」と言って、あわててウミヘビのばばあの近くまで来た。
「大丈夫じゃよ。あんたにはお世話になったが、もう上まで上がることはない。
あんたは、誰からも言われないのに、オリオンたちを助けてくれている。
それこそ神が考えていた海の姿じゃ。神のご加護を」
ウミヘビのばばあは、そう言うと姿を消した。