シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんは、マウじいさんの家に行くことにした。
マウじいさんを探すことができなかったので、気が重かったが、奥さんは心配しているだろうから、伝えることは早く伝えなければならない。
ここは、町から遠く離れているので、誰かと出会うことは少なかった。今はそれのほうがよかった。
誰かと話をすると時間が取られるだけでなく、それによって、砂が舞いあがるように、心におさまっていたものが動揺すると、自分を落ち着かせなければならなかったからだ。
2時間近くかけて、町に着いた。そして、マウじいさんの家に行くと、裏口から入った。
ここでも誰かに出会うことを避けたかったのだ。
奥さんは、「シーラじいさん!」と言葉が出ないほど喜んでくれた。しかし、すぐにシーラじいさんのそばに、誰かいないか目を動かした。
「ああ、そうなんだ。わし一人で帰ってきた。マウのやつはいなかった。そして、捜索の打ちきりも命令してきた」
奥さんは、少し黙りこんだが、「そうでしたか。長い間探していただいて、ありがとうございました。兵士の皆様にも、よくお礼を言っておいてください」と気丈に答えた。
また、しばらく沈黙が続いた。
「どこかで、考えごとでもしていて、気が晴れたら、何気ない顔をして帰ってくるかもしれん」
シーラじいさんは、独り言のように言った。
「わしは、マウのことよく知っている。子供のときからいつもいっしょだったんでな」
「わたしも、そんな気がするんですよ。だから心配しないようにしています」と、奥さんも、微笑んで言った。
シーラじいさんは、勢いづいて言った。「長男が亡くなってから、ぼんやりしていることが増えたな。次男のことも心配していたようだ」
「そうなんですよ。いつも遊びほうけているから、しばらく入隊して、みんなの役に立ったらとどうなのと言うと、ぷいとどこかへ行ってしまうので、困っていたようですね」
「わしに相談してくれたらいいのに」
「シーラじいさんには話しにくかったのかもしれません」
「わしらシーラカンスは、4億年生きているのだから、そうあわてることはない」
「シーラじいさんもお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みください」
「そうじゃな。ぐっすり寝たら、またいい考えが浮かぶじゃろう」
シーラじいさんは、外に出た。
外には、大勢の子供たちや大人が集まっていた。
「シーラじいさん。マウじいさんは見つかったの?」
「いや、だめだった」
「どこを探したの?」
「ムワリ谷は探したが、マヨット谷は全部探していないようだな」
「どうしてマヨット谷も全部探さないのだ」と、後ろにいた大人が、前に出てきて言った。
「いや、オーショネッシーがそう判断したんだから」
「シーラじいさんなら、そんなことはしなかっただろう」と、その大人は食いさがった。
「まあそうだが。兵士が疲れたので、やむをえなかったのだろう」
「今の若い者は、職務を全うしないな」その大人は、そう言うと、どこかへ去っていった。
みんなをかきわけて、家に向った。
「マウじいさんは見つかったの?」どこからか娘のような声がした。
シーラじいさんは、あたりを見まわした。すると、足元に、赤いまんじゅうのようなものがいた。口も鼻もないが、まんまるい目で、こちらを見上げていた。その近くには、小さな耳のようなものがついていた。
「ああ、おまえさんか」
これは、「メンダコ」だ。いつも海底にすわっているらしい。
「マウじいさんのことを考えると、涙が止まらないの」
「どこかで元気にいるから、心配することはない」
「マウじいさんは、いつもわたしに声をかけてくれていました。わたしは、いつも、ここにいるのに、あの日は、たまたま親戚に用事があったので、留守にしました。
あの日も、ここにいて、マウじいさんと話をしておれば、こんなことにならなかったような気がして」
声はかぼそく、まんまるい目は涙を流しているようだった。
「いや、そんなことは気にすることはないよ。わしも、何とかするつもりだ」
「シーラじいさん、お願いします。わたしは、いつもここにいますから」
さらに進むと、「わたしゃ見たわよ」という声が聞こえた。
えっと振りかえると、ユリの花だった。
わたしは、すぐに手に持っていた深海図鑑で調べた。「ウミユリ」だ。
花のように見えるけれど、ウニやヒトデの仲間で、細い茎で立っている。花びらのようなものは腕だ。そのまんなかに口がある。
「どっちへ行ったんだ?」。
「オイデス山のほうへよ」
「そうか」
「それを、オーショネッシーに教えてやりたかったな」
「みんなあわてているとき、『見たわよー』って叫んだのに、誰も話を聞いてくれなかったわ。かわいいメンダコやユメカサゴだの、キラキラしたクラゲだのに目を向けているんだから。
わたしが動けないことをいいことに、単なる目印ぐらいにしか思っていないんでしょう」
「ウミユリ」の声はだんだん高くなっていったので、シーラじいさんは、お礼を言ったりあやまったりしてから、これからは、いの一番に来ることを約束した。
わたしは、この見聞録を記録している者であるが、この機会を逃してはと思い、「シーラじいさん」と声をかけた。

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