シーラじいさん見聞録

緊張が走った。みんなあちこちを見た。
「ほら、遠くで鳥が鳴いているでしょ？あの下にお兄さんがいるはずよ。
あれは次の集団にお兄さんが来たことを知らせている鳴き方なの。危険が迫っているときはもっと激しく鳴くわ」
確かに鳥の鳴き声がするが、それはどこからかわからなかった。
しばらくすると、はるか向こうにポツンと黒い塊が見えたように見えた。
「迎えにいってもいいですか」弟が聞いた。
「いいわよ。鳥が鳴いているほうに行ってごらんなさい。わたしたちが何を言っても反応がなかったけど、あなたたちならわかるかもしれないわ」
カモメはそういうと飛びたった。みんなもそちらに向った。オリオンたちは海面を滑るように泳いだが、ミラとペルセウスは海の中は急いだ。
2，3０分進むと、黒い塊はものすごい数の鳥が集まっていることがわかった。そして、鳴き声から数種類の鳥がいることがわかった。
しかし、半径数百メートルの円なので、家族やオリオン、リゲル、シリウス、ベラはジャンプして探した。
「あそこに何かいるぞ」誰かが叫んだ。みんなそちらに向ってジャンプをした。確かに海面に何かが浮かんでいるようだ。しかし、動きは遅い。そちらに向おうとしたとき、あのカモメが下りてきた。
「あなたたちが来ることを言っておいたわ。危険を知らせる鳴き声だと、みんな来てしまうからね。
今聞いたところでは、兄さんの体力はかなり落ちているようよ。このままだと今日中に沈んでしまうかもしれないと言っていたわ。さあ、来たわよ。鳥が海面近くまで下りているところにお兄さんがいるの」
それを聞くやいなや2人の弟は一目散にそちらに向った。２、３百羽の鳥が、空をゆっくり旋回していたが今は鳴き声一つ聞こえなかった。
波の上には大きな者がこちらに向ってきたが、かなり疲れているようで、みんなが起こした波で体がかなり揺れていた。
「お兄さん」2人は叫んだ。オリオンたちが近づくと、確かにお兄さんだった。
しかし、2人がお兄さんの前にふさがったが、2人の声が聞こえないようで、2人の間をすりぬけようとした。
パパとママも駆けつけた。「おまえ、わたしたちがわからないのか！みんながおまえを探しくれたのだよ。さあ、家に帰ろう」ママが泣きながら叫んだ。
しかし、お兄さんは、それにも反応をせず前に行こうとした。
お兄さん、お兄さん！二人はお兄さんにぶつかっていった。
お兄さんは止まったが、何も聞こえていないようで、隙があれば前に体を動かそうとした。
お兄さん、お兄さん！2人はそう叫びながら、何度もお兄さんにぶつかっていった。
空にいる鳥はさらに数が増えて、もう千羽はいそうだった。しかし、誰一人鳴くことなく、心配そうに海面を見ていた。
それまで少し離れて、尾の様子を見ていたパパが、お兄さんの近くに来ると、「みなさん」と大きな声を出した。大きな声だったが沈痛な響きがあった。
「みなさん、わたしたち家族は、息子ともう会えないとあきらめていましたが、みなさんのお陰で会うことができました。こんなうれしいことはありません。
しかし、息子はご覧のような状態です。このまま海に戻すのが海の掟です。それではお引取りください。わたしたちも帰ります。ありがとうございました」
誰一人何も言わなかった。沈黙が海と空を包んでいた。ときおり、風が吹くと、空にいる千羽の鳥が体勢を保とうとして、ギシギシという羽の音が聞こえるだけだった。
お兄さんは今何が起きているのかもわからないようで、体を動かそうとしていた。
そのとき、オリオンが、お兄さんと家族の前に出た。
そして、｢ぼくにいい考えがあります｣と叫んだ。
海にいる者だけでなく、空にいる者も海に下りてきて、オリオンのまわりに集まってきた。
「それはこうです。ミラが泳ぐときに波が起きます。それにお兄さんを乗せるのです」
「そんなことができるのか？」リゲルが聞いた。
「大丈夫です。ぼくらが、ミラの仲間の近くで遊ぶのはその波に乗るためです。
「しかし、お兄さんは体力がなくなってきているぞ」
「体力がなくなっても沈むことはありません。ぼくらも疲れてくると、波の上に乗っかるだけです。それでもどんどん前に進みます。
ただ、波から外れないようにお兄さんを囲むようにしたほうがいいでしょうが」
「それならお兄さんを連れて帰るぞ」二人の弟は叫んだ。
家族やオリオンのまわりを囲んでいた千羽の鳥も感嘆の声を上げた。
オリオンは、近くまで来ていたミラに、「ミラ、そういうことなんだけど、やってくれるかい」と声をかけた。
「もう決めちゃたんだろ？でも、ぼくでよかったら、どんなことでもするよ」と言ってから、胸びれで海面を叩いた。すると、波が起きて、まわりにいた鳥があわてて飛びあがった。
「それくらいの力で泳いでくれたら、お兄さんも安心だ」オリオンがそう言うと、大きな笑いが起きた。
笑いが収まると、リゲルが、「お父さん、お母さん、ぼくらも一生懸命やりますから、息子さんを連れてかえりましょう」と改めて聞いた。
「息子を連れてかえるのはうれしいが、あなたたちの任務に影響が出ないかだけが心配です」パパは言った。
「大丈夫です。シーラじいさんもきっと喜んでくれると思います。それじゃ、救出作戦開始！」
千羽の鳥が飛びあがり、大きな声で鳴きながら空を舞った。

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