シーラじいさん見聞録

   

「おまえは兄なんだから、遊んでいる間でも弟たちのことを気にかけておかなければならない」
パパは、ぼくをきつく叱った。あれほど叱られたことはそれまでなかった。
3人の弟たちと暗くなるまで遊んでいて、1人の弟がいなくなったのに気づかなかったのだ。
ぼくが慌てるのを見て、2人の弟も泣きべそをかいた。
しばらくして、弟は何とか一人で帰ってきたが、ぼくが、突然起きた事態にうろたえるばかりで何もしていないとパパは言うのだった。
「おまえは、遠くのものを探す能力を身につけてきたじゃないか。なぜそれを使わなかったのだ。兄弟、家族を守ることをいつも考えていなければならない」
それからは、いつも弟たちの動きを追うようにしていた。
そうだ、シャチのパパの表情は、ぼくのパパの表情と似ている。
家族を守るためには、自分たちより弱い者、あるいは、どこから来たかわからない者にも頭を下げて聞こうとしている。
ぼくが家族とはぐれてもう長い時間が立っている。パパだけでなく、ママも弟たちもどんなに心配していることだろう。
もう僕のことを忘れただろうか、いやそんなことはない、今もぼくを探しているにちがいない。
しかし、ぼくは家族がいるはずの場所からどんどん遠くに来てしまっている。
シーラじいさんは、おまえが決めればいつでも家族を探しにいくと言ってくれている。
ぼくも、もうそろそろと思ったことは何回もある。
しかし、この任務に志願したのは誰かから強制されたからではない。自分が決めたことだ。この任務を終えなければならない。
シーラじいさんも、世界は広い、際限もなく行くことは任務ではないと言っている。
クラーケンやクラーケンに影響を受けた者が、どんなに自分たちの意見を強制しても、それに抵抗する者が育ってくれば任務は終了なのだ。そうなれば、クラーケンたちの力がどんなに世界に広がっても、それに抵抗する力も同時に世界に広がっていくのだ。
オリオンは、シーラじいさんの元に帰ってきても自分の考えにとらわれていた。
「ぼくは反対です」ミラの声が聞こえた。どうしたんだろ?
「そう言えば、最近ヘリコプターが多くなったと思っていましたが、このせいなのでしょう。潜水艦にも頻繁に会います。
しかし、かれらは、ぼくのように敵がいない存在です。ぼくやリゲルはともかく、オリオンやペルセウスたちが、争いに巻きこまれてでもしたらたいへんです。
すぐにもっと弱い者の役に立つべく出かけるべきだと思います」
オリオンは、ミラが何を言っているのか考えた。
そうか、リゲルが、ぼくらがシャチの家族に会ったことをみんなに話し、パパの希望を伝えたのだ。それにミラは反対している。
「ぼくもそう思います」ペルセウスだ。
「カモメたちの証言からも、ニンゲンは、船を襲うシャチに対して黙っていないでしょう。
そうなると、シャチの動きは収まると思います。元々強い信念をもっている連中じゃないようですから。そんなことで巻きぞえを食いたくありません」
「わたしも、早く次の場所に行ったほうがいいと思います」ベラも言った。
シリウスが発言した。
「シャチに適う者はいないと思いますが、ただ身内での争い、しかも、今まで経験したことのない理由での争いはあまり経験したことがないはずです。
そうなれば、収拾がつかなくなり、クラーケン以上に、まわりの者に迷惑をかけるのではないでしょうか。
大きな事態にならないように、ぼくらができることがあると思うのですが」
シリウスは、シャチと係わっていくことに反対の意見が続いているのに、自分の考えを堂々と述べた。
「オリオンはどう思うか」リゲルが聞いてきた。
「いや、ぼくは決定されたことに従うよ」オリオンは、そうしか言えなかった。
「それじゃ、最後にシーラじいさんの考えを聞いてみよう」
シーラじいさんは、みんなが自分の意見を持つようになったことが頼もしく思えた。しかも、少ない経験からも多くのものを得ている。一生懸命考えているからだ。
「おまえたちが自分の意見をもつようになり、しかも、相手に一生懸命伝えようとしているのは大きく成長した証拠じゃ。
これから、大きな壁があらわれても、油断することなく、あるいは怯むことなくぶつかっていけば大きな成果を上げることができると思う。
さて、今回のことじゃが、シャチの息子は、わしらの任務を理解している。しかも、それを行動に移す勇気をもっている。
せっかく家族も聞く耳をもつようになったのじゃから、息子の手助けをすることぐらいはしなくてはなるまいじゃろな」
「わかりました。それでは、ぼくらが一緒に行動することはできないが、意味もなく暴れる者にどう説得するのかを話すということでいいですか?」
リゲルは見回した。みんなが頷いたのを見て、「わかりました。じゃ、もう一度行って、そう話をしてきます」と会議を終えた。そして、オリオンを誘ってシャチの家族の元に向った。
「オリオンは、ほんとはどう考えているのかい?」リゲルは、オリオンが自分の意見を言わなかったのを心配して聞いた。
「ああ、シャチのパパを見ていて、ぼくのパパを思いだしてしまったんだ。それで、みんなように意見を言うことができなった。リゲルには、パパがいるんだろう?」
「いるよ。でも、『海の中の海』に入るとき、パパは、家族のことは忘れろと言った。
そして、与えられた任務を全うしてから帰ってこいと送りだしてくれた。
気弱になったときは、パパが横にいると思うようにしているのだ」
「きみはえらいなあ。ぼくは、家族のことを考えると他のことができなくなるんだ」
「仕方がないよ。きみは、家族と引きはなされたように分かれてしまったのだから。
絶対また会えるよ。ぼくにできることはなんでもするから」
「ありがとう。ぼくもそう思って任務に取りくむよ」

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