シーラじいさん見聞録

   

黒っぽい鳥たちは精根尽きはてたように体がぐらついた。波の上に立っておれなくなって海に落ちてしまう鳥もいた。
オリオンは、急いでその下に潜り、おぼれてしまわないようにそっと体を上げた。リゲルたちも助けにいった。
リーダーも、ほとんど意識を失っているようだったが、「ありがとう。みんな体力を使いはたしたの」と搾りだすように言った。
「そうだと思うわ。あなたたちはほんとにがんばってくれたわね」とカモメがねぎらった。
そして、シーラじいさんに向かい、「ニンゲンの言葉はわかりましたでしょうか」とおそるおそる聞いた。
「全部わかりました。わしらと同じように、ニンゲンには、多くの言葉がある。
わしは英語とフランス語ぐらいしかわからないが、みなさんが覚えてくれたのは英語じゃったので助かった。
しかも、話題はクラーケンのことで、まさしくわしらがほしかった情報じゃ。
少しわかりにくいところもあったが、そんなことは問題ではない。前後から判断できるからな」
「ああ、よかった。あなたたちが求めている情報かどうかが一番心配だったの。
ニンゲンは私を見なれているけど、この人たちは日頃はこのあたりにいないので、見つからないように、陰に隠れてもらっていたのよ。
わたしは何気なく飛びながら、様子を伺ったの。すると、あのニンゲンが読んでいた新聞に海の写真が載っているのがちらっと見えたの。
ちょうどいい具合に、そのニンゲンは、船の真ん中の広場ではなくて、通路近くにいたので、すぐ上に庇(ひさし)があったのも好都合だったわ。
それで、この人たちをそっと呼んで、あのニンゲンの声を覚えてちょうだいと目配せしたの。
もしでたらめな話だったらどうしようかと思ったんだけど、一か八かで決断したわ」
それから、オリオンのほうに向っておしゃべりを続けた。
「それにしても、あなたの先生はすごいわね。何でも知っている。
しかも、どうすべきかも教えてくれるのね。あなた、言っていたじゃない?何かをするときは、まわりの動きを見ろと教えてもらったって。
それで、わたしも、大勢いたニンゲンの一人一人を見て、新聞を持っている数人に狙いをつけて、その上を飛んでみたのよ。そして、一人にしぼったってわけ」
「それじゃ、いいですかの。わしが海の中にいる者にわかる言葉をしゃべるから、あなたが鳥のみなさんにわかる言葉で、伝えてくださらんか」シーラじいさんは急がした。
ぐったりしていた黒っぽい鳥たちもようやく波の上でしっかり立つことができるようになり、シーラじいさんの近くにやってきた。
シーラじいさんがニンゲンの言葉を訳し、カモメがそれを黒っぽい鳥にわかるように訳したのだ。
全員真剣に聞いた。そして、これが今世界で起きていることだと理解した。
シーラじいさんがすべてを訳しおえたあと、リゲルが、「ニンゲンが、最後に『海が汚れたらたいへんなことになる』と言っていますが、どういうことですか?」と聞いた。
「そうじゃな。ニンゲンが、文明を作り、あるいは維持をするために大量の水を使う。
その中には、ニンゲンを含めて生物に悪影響を与えるものが含まれている。
また、空に煙というものを出したときにも毒が含まれている。それも、いつかは海に落ちて、同じようになる。
それを除去しないと、あるいは除去しても少しずつたまっていくと、海が汚れて、わしらの体を蝕んでいくと言われている。
そのニンゲンは、それらを食べるとニンゲン自身の健康が損なわれると言いたいのじゃろが」
シーラじいさんが答えると、カモメは、「私らにも関係があるのですか?」と心配そうに聞いた。
「もちろん、海のものを食べておられるからな。しかし、今すぐどうなるというものではないが、今後のことを心配しているニンゲンもいるということじゃ」
「それなら、少し安心しました。もっとお話を聞きたいのですが、あの人たちは遠くへ帰らなければならないので、ここでお暇(いとま)しなければなりません。暗くなると、わたしらは飛べなくなりますので」カモメがめずらしくあわてた。
「そうじゃったな。長く引きとめてしまった。あなたがたにはたいへんお世話になった」シーラじいさんもあわてて言った。
「いいえ、先生には、世界のことを教えていただいたのですから、こちらこそお礼を言わなくてなりません。これからも、お役に立てることはさせていただきます。
でも、ニンゲンはほんとにやさしいの。どうしてこんなことになったのかしら」
「どんなことも性急に解決しようとすると、誤解やまちがいを起こすから、あわてないことが一番じゃ」
「そうですね。また教えてください。それと気になっていたんだけど、あなた、女の子?」カモメはベラのほうを向いた。
「そうです」突然声をかけられたベラは恥ずかしそうに答えた。
「えらいわ。男でもこんな勇気をもっている者は少ないわよ。がんばってね。あなたのお役に立つわ」
そして、ベラの返事を聞かないうちに、「あなたたち、帰るわよ」と黒っぽい鳥たちを促した。
まだ、充分疲れが取れていないのか飛びあがるまで少し時間がかかったが、どうにか高く上がり風に乗った。
数回みんなの上を回ったかと思うと、そのまま飛びさっていった。
鳥たちが見えなくなると、シャチは、「ニンゲンが話題にしていたのはやつらだろうな」とリゲルに聞いた。
「シーラじいさんに頼んで、もう少しここにいるようにするよ」とリゲルが答えると、シャチはうなずいた。

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