シーラじいさん見聞録
オリオンは、今のことを報告した。
「すごいじゃないか。ぼくらはあちこち同時に見ることはできない。
鳥ならそれができる。千人力というものだ」リゲルが大きな声を出した。
「それに、船で休憩することもあるので、そのときにニンゲンが何を話していたか知らせてくれるとも言っていました」オリオンも勢いづいた。
「シーラじいさん、これはすごいことじゃないですか」またリゲルが叫んだ。
「そうじゃな。カモメは、好奇心が旺盛と聞いているから、新しい情報をもってくるかもしれない」
シーラじいさんは、しばらくここにいるほうがいいのかと思った。
憎悪が増えるにつれ、それに対抗するものも増えることを子供たちが目の当たりにするのはすばらしいことじゃ。たとえ引きあげることになってもと考えたのだ。
翌日、オリオンが見回りをしていると、「あなた、たいへんよ」という声が聞こえた。
あのカモメの声だ。聞こえましたよという合図のために、オリオンは飛びあがり、声のほうに体を回転させた。
海面で体を立てなおして、すぐに前を見ると、あのカモメだけでなく、他の種類の鳥も4,5羽いた。
それに驚きながらも、「何かあったのですか」と聞いた。
「けんかよ!」
「えっ?」
「目の下に大きな白いものがある、あの黒い者が、仲間同士でけんかをしているの」
シャチのことか?と思いながら、「どこで?」と聞いた。
「あそこ。わたしたちについてきて。あっ、それから、この人たちはみんなあなたの味方よ。紹介はあとでするから。それでは」
そういうと鳥たちはすぐ飛びだち、オリオンがついてきやすいように低空を進んだ。
オリオンは、鳥たちの影を目の隅で追いながらついていった。
しばらく行くと、鳥たちは一気に上に向った。どうやら近づいたようだ。確かに何かが動いている気配があった。
しかし、これ以上は近づけない。シーラじいさんは、どんなことがあっても、争いに巻きこまれるなと言っているからだ。
オリオンは潜った。そして、少し近づいた。下から見ると、4,5頭で1人の者を取りかこんでいるようだ。何かしゃべっている声がするが、遠すぎてわからない。
やがて、その輪が縮まった。取りかこまれていた者が上に向った。
すぐ他の者が追いかけた。しかし、今度は、追いかけられている者が止まり、他の者に何かしゃべっている。
激しい口論が起きているようだ。やがて、取りかこんでいる者の一人が激昂したかのように相手にぶつかっていった。
しかし、すぐに体勢を戻して、また何か言っている。今度は全員で追いつめた。
すると、相手は体を交わしてそこを離れた。
オリオンはすぐに戻り、一部始終を話した。
「ミラが見たことがまた起きているのか」リゲルが悲壮な声を上げた。
そして、「ぼくが見てきます」とシーラじいさんに言った。リゲルは、ひょっとしてという思いがあったのだ。
オリオンと2人でその場所について、あたりを探した。どうも血のにおいがするようだ。
「オリオン、きみは帰ってくれ。2人に何かあれば、みんなが困るからな」
その声には有無を言わさない強さがあった。
オリオンは、「わかった。しかし、絶対危ないことはしないでくれ」と答えた。
リゲルは黙ってうなずき、すぐに血のにおいをたどった。
血のにおいはきつくなっていった。やがて、遠くにシャチが数頭集まっているのが見えた。
しばらく様子を見ていたがどうも動きがないようだ。リゲルは、少しずつ近づいていった。
そのとき、背後に何か気配を感じて振りかえると大きなシャチがこちらを見ていた。
「おまえが弟をやったのか?」怒声が響いた。
「いや、ちがいます。けがをしたのがぼくの友だちじゃないかと心配して来たんです」
「嘘をつけ!」
「ほんとです。先日海のことで話をした者が来ていると伝えてくれませんか」
シャチは、じっとリゲルを見ていたが、集まっているほうへ向った。
あのシャチとちがっていること願いながら待っていると、先ほどのシャチが戻ってきて、「弟がおまえを呼んできてくれと言っている」と言った。
リゲルはうなずき、後をついていった。
年を取った者もいる。家族といっしょにいるのだと思いながら近づくと、中に入れるように開けてくれた。
やはり、あのシャチだ。うれしそうにリゲルを見た。
「ひどくけがをしたようだね」リゲルは緊張しながら言った。
「ああ、少しね」少し息が荒い。まだ血も出ているようだ。それで家族が守っているのだろう。
「ぼくの仲間が、きみが大勢に取りかこまれているのを見たんだ。それで心配して探しにきた」
「そうだったのか。ありがとう」
「何かあったのか?」
「友だちが殺されたことは言ったと思うが、あの後も、仲間に入ることを拒む者を脅したりするので、『きみたちの考えもわかるが、短期間で解決できるような問題じゃないのだから、そういうことはやめてくれ』と話をしたんだ。しかし、やつらは聞く耳をもたない連中なのでね。
今も、親に、自分たち以上のものはいないのだから、無茶をするなと叱られていたところだ。
もっとも、兄貴たちは、相手が何人にいようとも、負けたことが気に入らないようだがね」と笑った。そして、しゃべりすぎたのか力が抜けたようになった。
リゲルは、「早く元気になってくれ。ぼくらは、しばらくこのあたりにいるから」と言って帰った。