シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、親が教えた方向を見た。南南東だ。
「ありがとうございます」オリオンは暗闇の中に一つの光を見つけたような気がした。
「しかし、わしらが帰るずっと前のことですから、その後のことはわかりませんが」
「でも、大きな手がかりになります」
「仲間は、海はどこまでも広いので、あんな怪物はもう来ないだろうと言っています。
あなたたちも、あの平和な海で楽しく暮らしたらどうですか?」
「もちろん『海の中の海』には大勢の者が残っています。以前のように困っている者がいれば、そこでゆっくり休むように言っています。
ただ、それだけでいいのだろうかという意見があって、やつらのために苦しんでいる者を少しでも助けようということになったのです」
「それは立派なことです。ところで、わしらが避難していたときに、髭を伸ばしたおじいさんがいましたが」
「ぼくらを指揮するために来ています」
「そりゃ、よかった。あのおじいさんがいたら大丈夫です。あのときも、怪物がまた来ても、あのおじいさんがいれば怖くないと話しあっていました」
「ぼくらもそうです。もう行かなくてはなりません。それではお元気で」
「あなたも気をつけて」
まわりにいた子供たちは、「お兄ちゃんもう行くの?」と口々に叫んだ。
「みんな待っているからね。きみたちも早く大きくなってパパやママを助けるんだ」
「約束するよ。お兄ちゃんもまた来て。ぼくらもいつもこの近くにいるから」
「ああ、ぼくも約束するよ。それではさよなら」
「さよなら」、「さよなら」何重にも取りかこんだ子供たちは口々に叫んだ。
しかし、オリオンは、別れがたい気持ちを振りきってシーラじいさんの元に急いだ。
オリオンの報告を聞くと、リゲルはすぐに向うことを決めた。そして、山脈があれば一人で向わずにすぐに報告にもどるようにつけくわえた。
数日後、オリオンがかなり深い場所を進んでいるとき、背後から「オリオン」という声が聞こえた。
振りかえったが暗くてわからない。深くなるにつれて声がわかりにくくなるので、しばらく様子を見ていると、はたしてベラだった。
顔が見えるまで近づくと、いたずらを見つけられたときのように照れ笑いをしている。
「ベラじゃないか」
「そうよ」
「そうよじゃないよ。こんなに深く潜ってはいけない。
このあたりには獰猛なサメがいるかもしれないだ。食料が少ないので、きみのような大きな者でも攻撃してくるかもしれない」
「大丈夫よ。注意しているから。それにクラゲがとってもきれいから」
「遊びに来ているんじゃないよ」
「わかっているわ。ところで、ペルセウスが、やつらは何か起こそうとしていると聞いてきたけど、どんなことだと思う?」ベラは、オリオンとともに上に向いながらも話しつづけた。
「それはわからないが、演説を聞いて無謀なことをするやつが出てくるのはまちがいないだろうな」
「シーラじいさんのようにニンゲンの言葉がわかるものがいるそうだから、ニンゲンに対してもっと攻撃するかもしれないわ」
「シーラじいさんは、何か起きると、それが原因となって、また別のことが起きるものだと教えてくれた。不幸なことを未然に防ぐにはそこに注意するしかない」
ベラは話題を変えた。「ほんとにニンゲンは悪いの?あなたは、ニンゲンを助けたことがあるのでしょ?」
「ああ、ぼくにだって心から感謝してくれた。ぼくが意識不明になった事件のときは、ニンゲン同士が、何か大事なものをめぐって争いをした。ニンゲンだって、ぼくらと同じ感情をもっている。一から十まで悪いというような者はこの世に存在しないと思うんだ」
ベラはうれしかった。オリオンはみんなの前では、少し恥ずかしそうだが、確信をもって話すので、それが相手の心に伝わるのだが、今自分のためにも同じように話してくれたのだ。オリオンとはじめて心が通った気がした。
ベラはパパのことを思いだした。
「あの少年は夢を追いつづける勇気をもっている」と言っていた。きっと、大きなけがのために、自分の夢を断念せざるをえなかった悔しさをオリオンに託そうとしたかったのかもしれない。
今わたしがこうしているのを知ると、きっと喜ぶと思う。そして言うだろう。「女の子らしさでみんなを助けるのだ。そして、みんながひるんだときはおまえが先頭に立って戦うのだ」と。
あたりはかなり明るくなってきた。「ウミヘビのばあさんが、あなたについていけば、幸せになるってよ」ベラはそう叫ぶと一気に全速力を出した。
その日の報告をすませたが、まだミラが帰っていなかった。
クジラは3000メートルでも潜ることができるので、相当広い範囲を捜索しているにちがいない。
1時間ほどしてミラが姿をあらわした。みんなをひっくりかえらさないようにしながらも、急いで近づいてきた。
「どうも何かあったらしいです。大勢死んでいます」
「どんな状況だ?」リゲルが聞いた。
「シャチが10頭近く死んでいます。それもとても無残な殺され方です。ぼくはあんな光景をみたことありません。
ぼくが話を聞こうとすると、みんな逃げるのでどうしようもありません」

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