シーラじいさん見聞録
「それなら無事でいるかもしれないぞ」どうすべきか思いつかない重い雰囲気をオリオンが破った。
「そうだ。あいつほどすばしっこいやつはいないからなあ」リゲルも応えた。
みんなの顔がぱっと明るくなった。どの顔にも早く探しにいこうという思いがあふれていた。
ペルセウスがどの方向から戻ってもいいように大きく広がりながら山脈をめざした。
近づくにつれて、どこからかゴォーという低い響きが聞こえてきた。潜水艦がまだいるようだ。
それは全員聞きおぼえがあったので、かまわず進んでいった。
さらに近づくと、潜水艦とはちがう音がしてきた。気がついた者は、自分の動きを抑えて、気がつかない者に聞かせた。
オリオンは、「ほら、何か音がしているだろう?」と、シリウスとベラに言った。
2人はうなずいた。「何の音?」ベラが聞いた。
「何かわからないが、ものすごい勢いだ」
「クラーケンか?」シリウスが聞いた。
オリオンが答えるまもなくミラが動いた。ミラが起こす波動があっても、その音は聞こえるようになっていた。しかも、だんだん大きくなってくる。
リゲルたちもミラを追った。ミラが何かを蹴散らした。そして、体をぐっと上げたかと思うと一気に反転して、また向っていった。
無数の影が散らばったが、すぐにミラの前に出てこちらに向ってくる。
さらにその前に一つの影があった。「あっ、ペリセウスだ」と思うまもなく、そのあとから大勢の者が追いかけてきた。リゲルたちは激しくぶつかった。
ペルセウスと同じマグロのようだが、相当大きい。リゲルたちは何度も撥ねかされた。
しかし、ミラが戻ってきて体当たりを続けたので、ようやくマグロたちは逃げていった。
そのとき、ペリセウスがもどってきた。
「みんな、ありがとう」ペリセウスはまだ体を大きく弾ませている。
「ペリセウス、心配していたよ」リゲルが叫んだ。「やつらはだれなんだ?」オリオンが聞いた。
「よくわからないが山脈の中に大勢いる」
「詳しく説明してくれ」リゲルが聞いた。ペルセウスはようやく落ちついて、自分もそのつもりだというようにうなずいた。
「ぼくが山脈の下のほうにいるとき、妙なものがいたんだ」
「ベラから聞いた。シーラじいさんの話では、ニンゲンが作ったロボットというものだ」
「そうだったのか。そのときは、こいつもクラーケンの部下かと思って、どこに行くのか見届けてやろうとついていっているとき、『何をしているのか』と声をかけられた。
びっくりして振りかえると、ぼくの仲間なので、少し安心して、『いや、あいつがどこに行くのか調べようとしているんだ』と答えた。
しかし、そいつは、『あんなものほっておけ。どうせ誰かに食われっちまうだけだ』と言うんだ。
「ところで、きみは誰だ?」とぼくは聞いた。『この近くに住んでいる。どうやらきみも回遊しなくてもいい種類のようだな』と聞くので、『そうだ』と答えると、『家族は近くにいるのか』とさらに聞くので、『いや、家族はいないし、何もしていない』と答えた。
すると、そいつはうれしそうに、『それなら、みんなの役に立つ仕事をしないか』と言ってきた。
ぼくは、何か情報が得られないかと思って承諾した。
『今、ちょうどみんなが集まっているので来てくれ』と言うので、そいつについていった。
しばらく行くと、山と山の間に深い谷があり、そこを入ると、中はものすごく広くなっていた。よく見ると大勢の者が集まっていた。ほとんどぼくらの仲間やサメだった。
『やつらは』という声が聞こえてきた。声のほうを見るとマグロの老人が大きな声で叫んでいた。
『やつら』とはてっきりクラーケンのことかと思い聞くことにした。
『そういったわけで、やつらを断じて許しておけない。しかし、やつらほど獰猛で、無慈悲な者はいない。
そういうことは成りあがりの常で、早晩消えていくことはまちがいないが、ただ、何億年も前に生を受け、さらに、今後何億年も生きていくわれらの生活を壊していくのは絶対阻止しなければならぬ。
幸い諸君は体が大きいだけでなく、勇気も胆力も並外れたものがある。しかも、海に潜んでじっと敵を待つ忍耐力は、世界広しといえども、諸君の右に出る者はない。
今こそ、われらを、われらの仲間を守るために立ち上がるときである」
老人は演説を止め、聴衆を見わたした。ぼくも聴衆の様子を見た。みんな若い。やつらが若い者を選んで連れてきているようだ。演説が進むに連れて、だんだん興奮しているのがわかった。体が揺れて、隣の者とぶつかりあっているのがわかった。
老人は、また叫びはじめた。
『戦に勝つためには敵を知らなければならない。やつらは防備をしているので攻めるのは困難を極めるが、やつらには大きな弱点がある。
やつらの本性は疑心暗鬼だということだ。疑心暗鬼といえば、相手を疑うことと思うだろう?』老人は、得意そうに聴衆に聞いた。聴衆は、そう思うがという顔をした。
『ちがう、疑心暗鬼とは自分を疑うことなのだ。自分を疑わなければ、相手が何を考えようが、何をしようが、平然としておれるはずだ。そう思わないか、諸君。
自分を疑うから、相手の言動が気になって仕方ないのだ。
疑心暗鬼だからこそ、やつらはここまでのさばったと言えるが、われらは、それを利用するのだ。
諸君は命を落とすような危険なことをする必要はない。やつらをゆさぶるだけでよい。
やつらは、自分が信じられないので、自分を正当化しようとして、同じ種類の者と争うようになる。やつらは自滅していくというのが、王の考えだ」
演説は終わった。しかし、熱気は静まりそうになかった。聴衆は感動して動けずにいた。
そのとき、ぼくを連れてきたやつの同僚が何十人と出てきて聴衆を取りまき、『明日の朝部隊に配属をするから、それまでゆっくり休んでくれ』と指示を出した。
ぼくは、帰ろうとしたが入り口には、大勢の見張りがいて出られなかった。帰りたいと言った若者は、どこかに連れて行かれた。
そこで、早朝まで待って、見張りが手薄になったときに脱出した」ペルセウスの体はまた震えた。