シーラじいさん見聞録
第二門のほうから何かがやってくる。幹部たちは、第一門に見回り人がいるはずなのにおかしい、まさかと思い、急いでそちらに向った。
しかし、突進してくるような勢いではなかった。そして、みんなが集まっているところからかなりの距離を置いて止まり、ゆっくり浮かんだ。黒い背中があらわれた。ミラだ。ミラが戻ってきたのだ。
集まっている者の中からオーいう声が上がった。ミラはまだ成人になっていないが、その動きがボスにそっくりだった。そして、ゆっくり近づいてきた。
「第一門で、みんなが集まっていることを聞きました。何か大事な話かもしれないので、見回り人が連絡に行って邪魔をしないように、ぼく一人で行くといったのですが、同じことでした」と言いわけをした。
「いや、そんなことはありません」と幹部が答えた。
「ボスのことは聞きました。わたしたちもたいへんショックを受けています。
今見回り人が集めてきた新聞や雑誌をシーラじいさんが要約してくれていたところです」
ボスは少し躊躇したが、思いきってボスの最後の様子を話した。
ボスは、たとえニンゲンでも危険を顧みず助けようとした。ニンゲンでも、それがわかったようですと言って話しおえた。ミラはじっと聞いていた。
「やはりそうでしたか。パパは誰かを助けようとしていたんじゃないかと家族で言っていたとおりです。
それで、ママは、パパの遺志をついで、『海の中の海』のお役に立ちなさいといってくれたので、ここへ帰ってきたんです」
リゲルやオリオンの顔がパッと明るくなった。
「ぼくができることはあるかい?」とミラは、リゲルのほうに向いて尋ねた。
「今それについて議論をしていたところだ」リゲルは、幹部の許可を得て議論の内容を話した。
ミラは、「それなら、ぼくも行くよ。パパもきっと喜んでくれると思う」と笑顔で答えた。
幹部は決断を下した。「おまえたちの『海の中の海』に対する思いはわかった。それでは、おまえたちに特別任務を命ずることにする。
外海を調査して、『海の中の海』を守るために今後どうするか考えるのだ」
リゲルたちは、互いを見て深くうなずいた。
「ただし、シーラじいさんの指示に従うということを条件にする。それでいいですか、シーラじいさん?」と、シーラじいさんに確認をした。
「わしでよければかまわぬ」シーラじいさんは答えた。
「それなら、任務につく者はシーラじいさんの元に集まれ」
予想どおりボスを探したときの者が集まった。その中に、ベラがいるのに気づいた幹部は、「おじょうちゃんも行くのか」と驚いた。
「今度はクラーケンに襲われることがあるかもしれない。やめときなさい。ママが心配するから」
「いいえ、私も行かせてください。ミラ、いや、ボスの息子さんも、ママがパパの遺志を継いでがんばるようにと励ましたそうじゃないですか」と大きな声で言った。
「おじょうちゃんは女の子だから、これから子供を産んで、その子にパパが遣りのこしたことをさせたらいいのだ」
「おじさんが、なぜそんなことを言うのかわからないわ。パパは、わたしに『海の中の海』がどんなに大事なものか繰りかえし話してくれたのはご存知のはずよ。
それを守るために、私は行きます」ベラは、全く聞く耳をもたなかった。
幹部は予想どおりの返答を聞き、亡くなった親友は生きていると思った。そして、「それなら、みんなの邪魔をしないようにするんだよ」と言った。
ベラは来ないだろうと思っていたリゲルやオリオンたちは、あっけに取られてベラの話を聞いていた。
そのとき、副官がリゲルに近づいた。
「さっきは申し訳なかった。『海の中の海』を守らなくてはいうよりも、もしクラーケンが戻ってきたらどうしようと不安だったのだ。いや、怖くて怖くて仕方なかった。
でも、ボスの息子さんの話を聞き、ボスに声をかけてもらったときのことを思いだした。
きみも知っているように、ここに入る許可は親の能力で決まるのだが、ぼくの場合、父親の体に障害があり、親はここに入れなかった。それで、ここにいた叔父が、ぼくのことをボスに頼んでくれた。それで特別に許可をもらった。
ぼくが挨拶に行ったとき、ボスは、そんなことは気にせずに、みんなに負けないようにがんばれよと励ましてくれたんだ。
きみは、自ら進んでクラーケンを探す勇気を持っている。ぼくはきみに敬意を表する。
気をつけて行ってきてくれたまえ」
「ありがとうございます。副官も、『海の中の海』をよろしくお願いします」リゲルは副官に答えた。
シーラじいさんは、「それでは今日はゆっくり休め。明日早く出発することにする」と言って、みんなの気持ちを抑えた。
シーラじいさんは、「海の中の海」、いや、海全体を平和にしようという、若い者の一途な思いはわかる。
しかし、クラーケンもニンゲンも手強い存在じゃ。どんな危険が待ちかまえているかわからんが、絶対あいつらを死なせてはならないと考えていた。
リゲルは、自分の言動で若い者の将来を傷つけてしまうのではないかと思うと寝つけなくなった。
また、オリオンも、夢は夢でしかないのだから、話すように言われても断るべきだったと後悔していた。
ペリセウスとシリウスも眠れずにいた。リゲルやオリオンと世界を回れるのだと思うと興奮して寝られそうになかった。