シーラじいさん見聞録
シーラじいさんは、見回り人が集めてきた雑誌や新聞の内容を話しおえた。
あちこちからすすり泣く声が聞こえた。ボスの姿が浮かんだのだろう。ボスは、「海の中の海」のことを考えただけでなく、クラーケンに襲われそうになったニンゲンも助けようとしたのだ。
「ミラが聞いたらどう思うだろう?」ペルセウスがオリオンに小さな声で言った。
オリオンは頷いた。ミラは、最初は悲しむだろうが、パパのことを誇りに思うだろうと思った。
そのとき、「幹部」という声が聞こえた。リゲルだ。リゲルは、まだ幹部の承諾がないのに、前に向かった。そして、幹部を見た。幹部は頷いた。
「少しお話をさせてください。シーラじいさんの話では、ニンゲンは、多くの犠牲者を出すことになり、クラーケンが想像上の動物ではなく、実在していることを認めざるをえなくなったようです。
しかも、クラーケンだけでなく、多くの者がいるということもわかったのです。
われわれも、クラーケンそのものは見ていませんが、巨大な部下と戦ってきました。
ニンゲンは海の研究はしているが、海そのものは苦手であるということも聞きました。
それなら、われわれがクラーケンはどこから来て、どこへ行ったかを調べるべきではないでしょうか」
リゲルは、幹部の同意を求めようとしたが、副官が、「幹部」と制した。
「今回の貴殿の働きは多とするものである。しかし、今の発言は物事を全体的に見ていないと判断せざるをえない」
その言い方は格式ばったものだった。副官はリゲルより2才年上なので、貴殿と呼ぶことはないが、リゲルが訓練だけでなく、見回り人としての実績が豊富で、次期幹部の候補であるのは誰の目でも明らかであった。
しかし、クラーケンの出没など、「海の中の海」の存在そのものにかかわる事態が起きたので、幹部は、リゲルにその対応を任せることにしたのである。
ボスが何かの啓示で助けたオリオンとシーラじいさんが、リゲルを補佐してくれることを望んだが、実際、飛行機事故の現場では、様子を見てくるという任務以上のことをしたが、期待以上の連携を見せてくれたのであった。
その間、副官は「海の中の海」で幹部と行動をともにしていたので、自分が中枢にいるという思いあるので、そのような表現をしたのかもしれない。
「でも、『海の中の海』の存在意義を考えてください。言うまでもなく無益な争いを防いで平和な世界を作ることであります」リゲルも議論を続けた。
「今は『海の中の海』そのものが危機に瀕しているのだ。しかも、ボスも、今の話では悲劇的な死を迎えてしまった。残っている者全員で『海の中の海』を守るのが当然でないか。それのほうがボスも喜ぶはずだ」
「実際、クラーケンの部下に進入されています。しかも、太刀打ちできないぐらいの巨大な者です。
今回は幹部の尽力によって難を逃れましたが、大挙してくればどうしようもないのはおわかりでしょう?今をおいて、『海の中の海』を守る方法を考えるときはありません」
「それならどうするのだ?」副官は反駁に窮した。
「ニンゲンも必死でクラーケンを追っているということです。しかし、またあの城のような場所を見つけられるかどうかわからない。
われわれは、海にいる者に聞くことができます。彼らをどこかに避難させることができます。
また、居場所を見つけたとして、クラーケンを絶滅させようとするでしょうが、そうはいかないというのがシーラじいさんの考えであります。
なぜなら、その場にいる者を絶滅しても、他にもいくらでもいるだろう。そうでなければ、核実験などで巨大化したとしても、数億年前の姿をしている者が今まで生きのこることはできないということです」
「ボスでも巻き添えを食ったのだ。われわれのような大きさではどうしようもない」
副官の声は小さくなった。
「確かにあれほどの大きさで、問答無用にわれわれを襲うのですが、一つひっかかることがあります」
幹部は前に乗りだした。
「クラーケンの部下の先頭にいるのが、『海の中の海』にいた研修生だということです」
「確かに聞いたことがあるが、あれは本当か?」初めて幹部が口を開いた。
「それは何回も目撃されています。遭遇した者は、最初、クラーケンの部下に追われているのかと思ったそうですが、その研修生は悠々と泳ぎ、部下を引きつれているとしか見えなかったと言っています。
また、クラーケンの部下がここに来たのは誰かに聞いたからです。避難してきた者が教えるわけがありません」
「荒唐無稽としか言いようがない」副官は誰にともなく言った。
「オリオンに自分の見た夢を話してもらいましょう」
オリオンはびっくりしてリゲルを見た。「きみが見た夢をそのまま幹部に話してほしい」
オリオンは前に出た。そして、夢について話しはじめた。
「そいつが自分に近づいて、自分も海の平和のためにがんばりたいが、ニンゲンのために争いがたえないといっていました。
私は、それがニンゲンを襲う理由かと聞きましたが、ある人にぜひ合ってくれ。その人が詳しく話してくれるといっていました。
それ以上聞こうとするとどこかに行ってしまいました」
リゲルは、「これはオリオンの夢ですが、クラーケンたちが突然現れて、ニンゲンや他の生き物を無闇に襲うという背後に何かあることを教えているように思えてしかたないのです。
それを解くことが『海の中の海』の目標に向かう一番の近道ではないかと考えたのです」リゲルは話を終えた。
また、沈黙がその場を包んだ。幹部は、ボスや親友を亡くして、これ以上犠牲を出したくないという思いが強かった。しかし、このまま何もせずにここを守ることができるのか。
「シーラじいさんはどう思われますか?」幹部はシーラじいさんに意見を求めた。
シーラじいさんはじっと考えていたが、「何か起きるのはまちがいない。誰も無視できないようなことが。しかし、リゲルたちがそれに向かっていけるか」と搾りだすように言った。
そのとき大きな波が起きた。