シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、シーラじいさんに早く会いたかった。どんなときでも、特に危険な外海にいるときにはシーラじいさんを守りたいと思っていたが、「海の中の海」の使命を帯びている以上そういうことはできなかった。
与えられた任務をできるだけ早く遂行しなければ、作戦が失敗するかもしれないからだ。また、自分たちに備わった能力に合わないことをすれば、自分を危険な目に合わすことになる。
しかし、ミラが、自分の父親を探すために自分の今の能力以上のものを身につけたように、リゲル、オリオンたちも、自分の種類の能力を超えるようになっていた。
それは潜る深さだけでなく、敵の攻撃から逃げるために一気に反転する早さや、息継ぎをしない時間などでも飛躍的な向上を見せた。それは、みんなの自信になっていった。
訓練を全く受けていないベラも、男顔負けの俊敏な動きができるようになっていた。
シーラじいさんも、いつもは500メートル前後の深さにいるが、外海では1000メートルから1500メートルの深さを動いた。
シーラじいさんの年では少し辛いが、それのほうが敵に見つられにくいうえに、隠れる岩場も見つけやすかったからである。
オリオンは、それでも、シーラじいさんは疲れていて難渋しているのではないかと心配だった。
近くまででも迎えに行くこともできないので、無事に帰ってくることを祈るばかりだった。
時間がなかなか立たず、あたりを意味もなく動きまわるしかなかった。
ボスの捜索に行った仲間も遠くからオリオンを見るだけだった。
拠りどころとなる者がいなくなったのだ。今まではどのようにボスの交代が行われたのかしらないが、ボスがいてこそ、「海の中の海」がその目的のために存在できるのだ。
しかも、クラーケンなどがいすわれば、「無益な争いをしたくなくなる場所」が失われるのはまちがいない。
そういう場所がどこかにあればいいし、クラーケンがそういう気持ちになれば、それはそれですばらしいことだ。しかし・・・。
オリオンが考えれば考えるほど、新たな問題が出てきて、それがまた堂々めぐりになるのだった。
早くシーラじいさんに会いたい。しかし、それは幹部たちも同じ気持だった。まずシーラじいさんの考えを聞いて、今後のことを決めていこうと思っていたのだ。
3日後、第一門の門番が飛んできて、「シーラじいさんが帰ってきたぞ」と叫んだ。
その声は壁に当たりながら、遠くまで伝わった。それは、「海の中の海」全員が待っていた知らせだった。あちこち波が起こり、第二門をめざした。
全員第二門に集まった。やがてシーラじいさんがゆっくり顔を出した。歓声が上がった。
「遅くなってしまわったわい。みんなお出迎えじゃな」と少し照れたように言った。
「シーラじいさん、任務ありがとうございました」最前列にいた幹部が礼を言った。
「いやいや、わしは何もしとらん。みんながよくがんばった。しかし、こんなことになって辛いことじゃ」
「息子が確認したということですので、われわれもボスの死を受けいれなければならないと思っているところです」
「そうじゃな。そして、今後どうしていくかは貴殿たちでゆっくり考えることじゃ」
「はい。シーラじいさんの意見をお聞きしたいのですが、しばらくはゆっくりお休みください」幹部たちはそう言って離れていった。
オリオンたちはシーラじいさんのまわりに集まった。リーダーが前に出て、シーラじいさんが留守の間の「海の中の海」の様子を報告した。
「そうか。それなら、今のうちに体勢を整えることができるな」
リーダーは、オリオンの顔をちらっと見てから、「シーラじいさん、お疲れだと思いますが、少し見ていただきたいものがあるのですが」と言った。
シーラじいさんが了承すると、リーダーは改革委員会の部屋に向かった。メンバーとオリオンが同行した。
病院になっていた一番奥の部屋に入ると、「これです」と言った。
ニューヨークタイムズやルモンドなどの新聞や水で固まった雑誌などが置かれていた。
シーラじいさんはしばらく見ていたが、「これはどうした?」と聞いた。
「はい、誰も入ってきそうにないので、幹部の指示で数人の見回り人が外を出ました。
そのとき、海面に浮いていたものや岩場に引っかかっていたものをもちかえったのです。
オリオンにも見てもらったのですが、今回のことに関係あるような写真やイラストがあるようなので、シーラじいさんに分析していただこうと思ったのです」
「確かにそのようじゃな。しかも最近のことのようじゃ。ニンゲンも大騒ぎをしている。しかも、今回のことはニンゲンに大きな影響がある可能性があると書いている新聞もある」
その後も、メンバーが雑誌を開けていき、シーラじいさんはすばやく目を通したが、「しばらく時間をくれんか」と言った。
リーダーやオリオンたち出ていった。シーラじいさんは、数日間5,6冊の雑誌や新聞をくまなく見た。
日付がわからないので、まず今回のことが書いてあるかどうか見た。
雑誌の場合は目次を読んで判断した。新聞の場合は、2ページに渡って書いてあっても、1ページしかないこともあった。
数日後、シーラじいさんは、幹部をはじめ全員を広場に集めた。
「みんなが集めてくれた新聞や雑誌を読んだ。
ニンゲンの場合は、国ごとに言葉がちがう場合がある。わしはフランス語と英語が少しわかるが、アラビア語はわからん。したがって、一番記事の量が多いアラビア語の新聞は読めん。
それで、わかった範囲のことをお話するが、わしら以上に、ニンゲンは、クラーケンを恐れている」

 -